2000年6月28日(水)訪問:法政大学第一中学校(現法政中学校.以下、法政一中)は、繁華街吉祥寺からバスで10分ほどの住宅街にある。周辺は、東京女子大学、成蹊大学をはじめとして学校が多い文教地区でもある。 法政一中・一高は、法政大学へ多数が進学できるという付属校の利点を生かして、勉学その他の面で生徒を急かさず、自立を促す教育を進めている。また、独特の自由な校風で人気も高い。学校長山上英男先生、入試委員上原伸一先生にインタビューした。
ほくしん教務統括 中山秋子

「校長は教師の中で議論をして選ぶ」

(中山)
最初に、校長に就任されるまでの経歴を簡単にお話しください。
(山上先生)
1960年に国語の教員として採用されてから、もう40年になります。
それから、ずっと中学、高校の授業を持ってきました。ある時は、中1生から高3にあたる6年生までの6年間ずっと担当した生徒もいます。
(中山)
長く授業を担当された後、どのような形で校長に就任されたのですか。
(山上先生)
うちの学校には、校長の下に副校長や教頭という職がありませんので、中堅クラスの教師が学校の運営に関わってきます。現在は5人の運営委員が中心に学校を運営しています。いわば執行部隊ですな。教員会議の決定に従って進めるわけです。その運営委員を何回かやった後、校長になりました。
(中山)
教頭がいらっしゃらないといのは、独特なシステムですね。
(山上先生)
そうですね。うちの学校の特色でしょう。
(中山)
校長はどのようにして決まるのですか。
(上原先生)
山上校長の前任の校長の時から、教員が相互に推薦をして信任投票をという形になりました。
(中山)
以前は違ったということですね。
(上原先生)
その前は大学法人との関係で決まっていました。大学から派遣される形です。
(山上先生)
現在は、大学から派遣された校長が大学からお金を渡されて運営するという形ではなくなりましたね。私はふさわしくない人物だ(笑)と思いますが、選ばれたからには、学校をより良くしていこうと思って引き受けました。
(中山)
ふさわしくない人物というのは全くのご謙遜ですね。
(上原先生)
そうです。教職員の総意で選ばれた校長ですから、ふさわしくない人物ではとても困るのです(笑)。選んだ自分たちの責任になりますから。

「個としての人間どうしのつながりが学校をつくる」

(中山)
先ほど、6年続けて同じ学年を担当されたというお話がありましたが、当然子どもたちとのつながりも密になりますね。
(山上先生)
仲人も何度も務めました。みんな幸せな家庭を築いています。私学の付属の場合、「学校が好きだ」という以外に、担当教師との結びつきが強いのが特色でしょう。うちの学校の場合、「上原学級」だとか「山上学級」だとか呼べるほど、担任の教師とのつながりは強いと思いますね。温かい人間的な雰囲気がつくられているのです。
生徒、保護者、教師が個としての人間どうしとしてつながって、ひとつの学校がつくられていると思います。
(中山)
中学から高校の時期は子どもたちが大きく変化する時期だと思います。いろいろとご苦労がおありだったと思いますが。いかがでしょう。
(山上先生)
うーん、苦しいことがたくさんあります(笑)。問題のない学校というのは全くないでしょう。喧嘩をする、物を壊す、行き帰りで悪さをする、男子校ですしいろいろな生徒をお預かりするわけですから起こらないわけない。
ただ、うちの教師集団の良いところは、出てきた問題をどのように解決するか、どう解決して人間的に成長させていくか、意思統一をした上で対応できるところです。
(中山)
どのような方針で臨まれるのですか。
(山上先生)
問題が起こったときには、問題を起こした生徒に非があるのではなく、学校に何か問題がなかったかどうかをまず考えます。きちんと対話をして、生徒の持つ意欲を引き出そうとしていきます。引き起こした問題について、自分で見つめられるようになるように支援することですね。これがうちで大切にしている「自主・自律」の考え方にもつながると思います。
(中山)
問題を起こしたお子さんはどのように変化していきますか。
(山上先生)
詳しい内容は伏せますが、私が指導した生徒である問題を起こした生徒がいたのです。その生徒が卒業の時にやってきて、「…をした○○です。無事卒業できました。先生、卒業の記念にサインをください」と言ってくれました。その時には、ぐっと、こみ上げてくるものがありました。他の教師も同様だと思いますね。
(中山)
本当にそうですね。
(山上先生)
生徒だけではなく、保護者とのつながりも強いでしょう。生徒を卒業させたあとの保護者の方々も参加する勉強会もあります。仏教美術、シルクロード、心理学など勉強会から絵画教室、コーラス、英会話、いろいろですね。
(中山)
そのような集まりが開ける雰囲気が学校にあるのは素晴らしいことです。

「学ぶ楽しみを知らない生徒が増えた」

(中山)
最近の子どもたちの中には、価値の多様化の中で心配な面もあると考えますが、生活の場でもある学校で、先生はどのようにお感じでしょうか。
(上原先生)
子どもですから、いろいろなことをやってしまうものでしょう。ただ、以前に比べるとかなり変わってきているとは思います。
(山上先生)
以前に比べて、あまりさっぱりしたところがないと言うか、何か我慢をさせられてきたために歪みが生じているように感じます。自分たちの世界に窮屈さを感じているように思います。
(中山)
中学受験やそれを目指した塾通いにも原因があるとお考えですか。
(山上先生)
あると思います。のびのびと育った子どもを選べればと思いますが、客観的に公平に選抜するとなると、どうしても試験で選ぶしかないですから。なかなか難しいものがあります。
(中山)
学力のレベルでの変化はどうでしょうか。
(上原先生)
客観的な評価が難しいのですが、一般的に言われているように、物を知らない、勉強をしていないということは感じます。以前は、たとえ受験勉強の中であっても、物を知ることが楽しい、いろいろなことが分かって楽しいから勉強するという「学ぶ楽しみ」を持つことができたようですが。
(中山)
具体的にはどのような点で感じられますか。
(上原先生)
私は社会科を担当しているんですが授業がやりにくくなりました。たとえば、地図の上での方角と実際上の方角とが一致しないので困ります。理科の教師からは、土をいじらせたり、虫を捕まえたりすることを極端に嫌がるので困っているという話も聞きます。
(山上先生)
年2回、学内の教科研究会で生徒の実情に合わせた指導を考えますが、その場で生物の教師が「今度の入試では、ミミズを10匹捕ってきた子どもを入学させよう」(笑)と冗談で言うほどになりましたね。
(上原先生)
一方では、目的が明確ならば頑張ることができる生徒が増えたように感じます。
例えば、英検合格を目標にすると、英語検定協会から表彰されるくらいに合格率が高くなりました。早い時期から受験勉強に慣れてきた結果ではないかと思っています。それはそれでいいのですが、もっと長い目標を持って勉強して欲しいと思っています。
(中山)
虫嫌いの子どもが増えたり、自分一人ではどこにも出かけられない子どもが増えたりするような問題は、母親が子どもと接する時間が増えていることに原因があるという指摘があります。
(上原先生)
入学式の次の登校の時に必ず迷う生徒がいます。入学式は母親と来るわけで迷うことはない、でも、くっついて来ただけだから自分だけでは学校の位置がわからないようですね。
(山上先生)
でも、うちの学校では、中1でも校外行事は現地集合、現地解散をするのが伝統です。埼玉方面でのオリエンテーリングが最初の行事です。以前はお母さん方からも歓迎されたのですが、最近は心配だからと下見に連れて行かれることが多いのです。
(中山)
せっかくの機会なのに残念ですね。でも、現地集合や現地解散というのは先生方にも大きな負担がかかることですね。
(山上先生)
要所に裏方として教師が控えています。そして、私は本部にいて待機します。無事終わるまでは心臓が萎縮する思いですね。 でも、「自主・自律」を言葉だけにしないためには、このような体験学習は大切な教育の柱です。ですから、敢えて続けているのです。

「大学受験にエネルギーを注ぐより、いろいろなことに取り組んでほしい」

(中山)
次に、進学指導の面についてお伺いします。卒業生の大部分は法政大学へ進まれるわけですが、他大学に進むお子さんもいます。どのような体制で指導を進められているのですか。
(上原先生)
基本的には、中学からの6年間を経て法政大学へ進むことを前提にした指導です。法政大学もちゃんとした大学(笑)ですから、その中で将来の道を探して欲しいと思っています。大学受験にエネルギーを注ぐより、高校生活の中でいろいろなことに取り組めるのが付属校の良さですからね。
(中山)
先取り学習などのような受験指導は行われないわけですか。
(上原先生)
そうですね。いわゆる受験校ではありませんから、力のある生徒はどんどん先に進んで、力の足りない生徒は補習や講習で補っていくというシステムではないのです。各教師が個人のレベルでアドバイスをしたり質問に答えたりするなどで応援していくいうところでしょう。
(中山)
その中でも他大学を受験する生徒も増えているようですが。
(上原先生)
法政大学にない学部を志望することもあるので、全員が法政大学へ進学することはありえません。そのため、国公立大学の受験に限り、法政大学への推薦権を留保して受験ができるようになっているのです。
(中山)
どのような大学を目指す生徒がいるのですか。
(山上先生)
今年は東大に2名、一橋大に1名進学しました。他には、やはり医学部を志望する生徒が目立ちますね。
(中山)
他大学受験のためには予備校を利用するということになりますか。
(上原先生)
通っている生徒もいます。うちの高校も全日制普通科ですから、センター試験レベルの内容は授業だけでも対応できます。予備校へ通うかどうかは何を高めたいのか、生徒の判断によりますね。
(山上先生)
「いつ本格的な受験勉強をしていたんだろう?」と思う生徒もいます。頑張って勉強していたはずですが、ふつうの生徒と同じように高3の3学期まで授業にも学校行事にも必ず参加して、東大に現役で合格してしてしまいました。(笑)
目的意識がはっきりしていたのでしょうね。そんな生徒を見ると、やはり「自主・自律」の校風が生きているなと嬉しく思います。
(中山)
中学・高校時代に、何かのきっかけで将来の進路を決めることが多いと思いますが、法政大学の各学部などへの進路指導はどのような形で行われるのでしょうか。
(上原先生)
高1になれば、具体的な進路指導を始める必要があります。大学のキャンパス見学に出かける、大学生のOBを招いてを話を聞く、大学の先生を招いて専門的な話を聞く、などの機会を設けます。ある分野で活躍されている保護者を招いて話を聞くこともありますね。その中で自分の進路を見つけてほしいと思います。

「学校を愛してくれると良さが見えてくる」

(中山)
入試に関してお伺いします。4教科の学校が増えた中で、2教科入試を続けられているのは、どのようなお考えからですか。
(上原先生)
自分の思っていること、考えていることを表現できるお子さんに来て欲しいという気持ちがあります。だから、文章を書かせる、考えの筋道を書かせるということが必要だと思っています。でも、そのために受験生の負担を増やすわけにはいかないので、2教科で試験をしているのです。
(中山)
記述量の多い問題は大変だなと感じている受験生や保護者が多いと思いますが。
(上原先生)
確かにそうでしょうね。でも、選択問題や穴埋め問題など、単純な形式では○か×かの2つしかないのですが、記述問題ならば一部でも正しい部分があれば評価できます。だから全く的外れではない限り部分点もあるのです。そのことを考えると記述はチャンスが大きいと思います。負担に感じないでほしいですね。
(中山)
国語の問題の文章についてお尋ねします。今までは小説を題材にされることが多かったのですが、他の文章、例えば論理的な文章を出題されることはないのでしょうか。
(山上先生)
以前は随筆を出したこともあります。特に文章の種類を限っているわけではありません。小学生にふさわしい論理的な文章はなかなか見当たらないので、結果として出題がないのです。
(中山)
最後に、法政一中の受験を希望されている受験生ならびに保護者の方にメッセージをお願いします。
(上原先生)
中学で何かやりたいことをひとつでも持って入学してほしいと思います。「自主・自律」の校風を持った自由な学校です。いろいろな行事もクラブも、勉強も用意していますが、自分で選ばないと何もやらないで過ごしてしまうことになります。充分な時間がありますから、何かに打ち込んでほしいと思います。
(山上先生)
「教育は恋愛に似ている」とよく言うのですが、恋愛の根本は相手を実際よりも少し美しく見ることにあります。私たちは生徒を見るときに、やはり少し美しく見ます。そうすると、本人にも見えなかった自分自身を引き出すこともできます。受験生の皆さんも、学校に愛を感じて、良いイメージを持って入学して欲しいと思います。手作りと言ってもよい学校の良さや教師の情熱をきっと感じてもらえると思います。個と個の関係の中で自分自身を高めていきたいと思う生徒が入ってくることを待っています。

以上

学校風景1学校風景2学校風景3

☆付記☆ 山上校長には、「校長=学校の管理者」という印象はない。理想の教育を目指すエネルギー一杯の「教育者」の姿をみた。また教職員全員で「自分で考えて行動できるようにするため、目標を定め、急かすことをしない」教育を実践しているのが、上原教諭の明るさ率直さを通じて感じられた。
法政中学校URL