2004年11月15日(月)訪問: 東京女学館中学・高校は渋谷区広尾にある。都心の住宅街だが、周辺には各国の大使館、青山学院・國學院・聖心女子・実践女子などの中・高・大のキャンパスなどもある。初代首相伊藤博文も創立に参画したほどの長い伝統を持つ女子校である。一般にはしつけが厳しい「お嬢様学校」として知られてきたが、レベルの高い教科指導・進路指導のもと安定した進学実績を挙げてきた「進学校」としての側面も持つ。受け継がれてきた教育に加え、新たな試みも進められている。学校長福原孝明先生にインタビューした。
ほくしん教務統括 中山秋子

「遠くの人を思いやる心を育てたい」

(中山)
福原先生は今年(2004年)から校長先生になられましたが、どのような経緯でお引き受けになったのですか。
(福原先生)
昨年まで教頭をしておりました。渋沢前館長が2期10年努めて引退し、今年1月に代わった麻生館長から指名されました。渋沢前館長は本校の創立にも関わった渋沢栄一のひ孫にあたり、今後の方向性を定めての引退でした。2人は日本女子大の理事会で長く一緒に活動してきたので、基本的な方針をさらに押し進めようと考えたのだと思います。
(中山)
伝統のある学校の校長に就任されていかがですか。
(福原先生)
本校では久しぶりの生えぬきの校長になります。30年ほど勤めてきましたので、本校の状況はよく分かっているつもりです。110年を超える本校の教育を再確認して、21世紀の教育を具現化することが任務だろうと考えました。
(中山)
生えぬきの校長先生の良い点はどんなところとお考えですか。
(福原先生)
教員が自分たちの代表と考えてくれることでしょう。信頼してくれていると思います。長く現場で一緒にやってきましたから、いろいろな経験を共有しています。ですから何かを進める際に相互の理解が進みやすいと思います。
(中山)
具体的にはどのようなことをお考えですか。
(福原先生)
本校の優れた点は維持し発展させていきたいと考えています。それに生徒の学力をもっと付けたいと思っています。
(中山)
学力をもっと付けたいと思われるのはなぜでしょうか。
(福原先生)
いろいろな場面で女性の活躍の場が広がってきたという社会情勢の変化に対応する必要があります。従来は私立大の文系学部への進学がほとんどだったのですが、最近、理系を志望する生徒が増えています。
(中山)
技術者や医者などを目指す女子が多くなってきました。そのような生徒は中学受験で私立中に入る割合が高いと思います。
(福原先生)
そうですね。理系の場合、高い学費の問題があり、「どうしても国公立大へ進みたい」と希望します。その希望を叶えるために、中学では学習習慣を定着させる方法を考えること、高校ではカリキュラムを改良することが必要になります。
(中山)
実際に着手されているのですね。
(福原先生)
ええ。各教科でどのようにするのが良いかを考えるように指示をしました。その結果に基づいて検討して、新しい指導を実施します。
(中山)
伝統校ではなかなかカリキュラムの見直しが進まないということも伺います。ぜひ効果的なカリキュラムが実施されることを期待しています。
(福原先生)
学校生活を充実させるだけでなく出口も充実させることは必要です。国公立大や難関私大への多数の卒業者を送り出せる指導ならば、多くの生徒や保護者の希望にも応えることができるでしょう。
(中山)
なるほど。その他に取り組まれていることは何でしょうか。
(福原先生)
遠くの人を思いやる心を育てたいと考えています。月曜日の合同朝礼で話をします。黙想から始まる静粛な雰囲気の場で、生徒に今年のテーマ「連帯」に基づいて話をしています。
(中山)
静かに話を聞いて考える場ですね。
(福原先生)
そうです。さらに、生徒の協力が必要となる行事での体験を通じて、その気持ちを育てていきたいと考えています。全員が主役になって、相手の気持ちを考えて、助け合わなくてはならないという意識をもっともってほしいと思います。災害や紛争が起こった際にも、その場にいる人たちの気持ちを考えて行動できれば良いと思います。
(中山)
それはなかなか難しいことですね。
(福原先生)
9月に、ガールスカウト連盟が本校の講堂で緒方貞子さんの講演を行いました。直接関わりがない行事なのですが、「是非お話が聴きたい」と頼み込んで来た生徒が多くいました。本校に「あのような方になりたい、近づきたい」という思いをもった生徒が多くいるのはとても嬉しいことです(微笑)。

「保護者は生徒にとって壁でなくてはならない」

(中山)
女学館で30年間生徒をご覧になっていらっしゃると伺いましたのでお尋ねします。長い間の中でその時々、生徒の様子の変化をお感じなることがあったかと思います。教育が難しい時代になったと言われる中で、最近の生徒の特徴はいかがでしょうか。
(福原先生)
本校の生徒は、素直で明朗な生徒が多く、大切に育てていきたいと思います。TPOを考えて行動できる点は、昔も今も変わらない良い点でしょう。
(中山)
一般にはそれができない生徒が増えていると思いますが、女学館という環境で育ってきたからそれができているのだと思います。
(福原先生)
そうかもしれませんね。ただ、以前に比べると生徒が良好な人間関係を築くことができにくくなっていると感じます。これは本校の生徒に限らず一般的な状況だと感じています。
(中山)
女学館の生徒でも同様なのですね。
(福原先生)
ええ。子供が家庭の中で社会性を培うことができないのが原因でしょう。少子化のために兄弟姉妹の数が減り、核家族化が進んで家族自体の人数も減ってきているのは大きいと思います。保護者の目が数少ない我が子にだけ向いていることは良くないのでしょう。
(中山)
特に問題だとお感じになることは何でしょうか。
(福原先生)
友だちをつくる力が乏しいこと、家族や友だちとの間で何か困ったことが起こった時にそれを克服する力が乏しいことなどです。多くは経験の不足が原因です。
(中山)
そのような生徒を先ほどおっしゃった生徒に育てていくためにはいろいろな努力をされていると思いますが、いかがでしょうか。
(福原先生)
入学後、エンカウンターの実践として「友だち作りワークショップ」を開きます。軽井沢学習寮では教育相談室のデータをもとに生徒による実行委員会が脚本を作ってロールプレイを行います。生徒が困ったことやどうやって克服したかを演じてくれるので、わかりやすいと思います。
(中山)
ご家庭への対応はいかがですか。
(福原先生)
いろいろな機会を通じて保護者が生徒にとって「壁」になってもらえるように言っています。生活面の指導とも関わりがありますが、自分の思い通りにいかないことを経験することが大切なのです。
(中山)
同感です。
(福原先生)
親としての価値観を持って対応してくれるようお願いをしています、「誰も~している」という言葉に負けないで、「我が家では~はしない」という毅然とした態度で臨んでほしいとお願いしています。
(中山)
なかなか難しいことですね。
(福原先生)
本校は私学なので当然譲ることができないことがあります。それに関わる要望には毅然として対処しなくてはなりません。家庭でも同様にしてもらうことによって、生徒に我慢をさせ耐性を身につけること、自分で工夫して乗り越える知恵を身につけることのきっかけになります。
(中山)
本当にそうですね。
(福原先生)
もうひとつ、どのような形で愛情を示すかも大切でしょうね。何でも手に入る世の中になりましたから、物を与えることで我が子への愛を示すことはできません。入試で合格することだけに価値も見いだしていると、入試が終わるとほったらかしになってしまう場合も多いようです。子どもは懸命に取り組んだことを評価してほしいと思っています。
(中山)
ご家庭だけでなく、子供を取り巻く大人全体で取り組まなくてはならない課題ですね。最近、問題となっている子どものしつけにも関係がありますね。その点では具体的にはどのようになさっているのでしょうか。
(福原先生)
本校では頭ごなしの指導はありません。教員が時間をかけて指導して納得させていくという姿勢で取り組んでいます。先ほども出てきましたが、委員会活動も生徒によるいろいろな委員会が実際には活躍しています。私たち教員より厳しいかもしれないですね(笑)。
(中山)
それはどのようなことですか。
(福原先生)
クラブに関係する委員会では、「クラブがちゃんと活動しているか監査したい」と言ってきたことがあります(笑)。記念祭の前には「下校時刻を守っているかどうか調べたい」などいう希望がありました。
(中山)
責任感が強く熱心ですね。
(福原先生)
委員会のメンバーは互選や選挙で決まります。決まったあと生徒全員の前で紹介し、拍手で承認を受ける手続きを踏みます。全員に認められたということで責任感が生まれるのだと思います。修学旅行の実行委員は企画から実施、後片づけまでやります。東京駅で解散の際にはみんなからお礼を言われて大泣きをしているほどです。

「女性の良さを生かしながら社会を支える人材を育てたい」

(中山)
WEBページや学校案内を拝見すると特色のある行事が数多くあります。特に模擬裁判には驚きました。
(福原先生)
とても珍しい行事だと思います。生徒が熱心に取り組むので、弁護士の方からもお褒めをいただいています(微笑)。
(中山)
それは嬉しいことですね。
(福原先生)
模擬裁判に限りませんが、いろいろな行事に参加した生徒が生き生きとしてくるのを見るのはとても嬉しいことです。先ほどの修学旅行の実行委員などもそうですが、本校の行事は生徒全員が関わるものになっています。生徒の自主性を育て、自分で考えて行動できる女性に育ってくれることを願っています。
(中山)
社会のいろいろなところで活躍される卒業生が多いのはそのような指導がうまくなされているからでしょう。
(福原先生)
自分たちで力仕事までもやってきた経験があることから、周りにいる男性や女性の不甲斐なさや男女で差を付けられることへの不満を言う者もいます。一方で自分が先頭に立って物ごとを成し遂げた満足感を語っていく卒業生もいます。
(中山)
自分たちでやり遂げた経験はとても貴重なものですね。そのような卒業生が後輩の生徒たちにお話をする機会はありますか。
(福原先生)
高1で自分の生き方や将来について考え、発表する機会も設けています。そのときにはまず20代、30代の若い卒業生を招いて、自分の仕事や学校での生活についてパネルディスカッション形式で語ってもらいます。
(中山)
どのような方々をお招きになるのですか。
(福原先生)
以前は弁護士などの資格を持ち、ばりばり活躍している卒業生が中心でした。が、「もっと身近に感じられる職業の人も招いてほしい」という希望もあり今回は自称「アミメーター」という卒業生も招きました。彼女は編み物を使っていろいろなことを表現し、いろいろな方面から独自の活動を評価されています。
(中山)
なるほど。
(福原先生)
年齢も近い卒業生の話には思った以上に良い影響を受けます。卒業生も「夢を失わずにがんばって」と語ってくれますから、余計に励みになるのでしょう。その後、生徒は3分間スピーチにまとめて発表します。
(中山)
力を入れられた大切な行事だということが分かります。
(福原先生)
発表の場になる箱根のホテルには、「徹夜部屋」というものもできます。もちろん夜遅くになると「寝なさい」とは言いますが(笑)、生徒が友だち同士で、あるいは先生や卒業生を囲んで話をしています。
(中山)
どのようなきっかけで徹夜部屋を設けることになったのですか。
(福原先生)
教員の発案ですね。生徒が自分のスピーチを手直ししたくなることがあるのです。しかし、それだけではなくて、感想や意見を述べあったり、いろいろ質問したりと、いろいろな使い方をしていますね。
(中山)
きめ細かい指導が行われていることが感じられます。
(福原先生)
最近、家庭を離れて社会に出る女性が増えています。それは実に良いことだと思います、これからは男女がその特質を生かして社会を築き上げることが重要です。ただ、あわせて女性の良さを生かして活躍してほしいと考えています。例えば、子どもを産むことは女性だけに与えられた力ですね。そのような特質も考えてほしいと思います。
(中山)
ただ男性と競って仕事をすることだけを考えてほしくないということですね。
(福原先生)
そうです。ですから、模擬裁判でも女性の弁護士の方に来ていただき、パネルディスカッションにも子育てをしている卒業生を招きます。生徒と話をする機会には、女性の立場から家庭と仕事の両立や子育てでの苦労や喜びなどを語ってもらうのはありがたいことです。
(中山)
生徒には得難い経験になるでしょう。
(福原先生)
産休を取っている教員が小さな子どもを抱いて学校行事に来てくれます。その姿を直に見るのも、子育てを身近に感じる良い機会だと思います。仕事ができるだけではなく女性らしさも兼ね備えた女性に育ってほしいと希望しています。

「家庭で社会のできごとも話題にして欲しい」

(中山)
最後に入試に関してお伺いします。
2005年入試から第2回入試での試験科目を4教科のみにされました。どのようにお考えになった結果なのでしょうか。
(福原先生)
2回の入試とも2科4科選択でやってきました。実際のところ、2教科受験での合格者はとても少数です。特に第2回ではほとんど合格できない状況です。
(中山)
確かに4教科で受験する生徒は2教科でも高い学力を持っています。
(福原先生)
せっかく受けていただいてもほとんど合格することができないので、2教科で受験した生徒には残念な思いをさせるだけです。ならば、最初から全員に等しく4教科で受験してもらう方が良いと思いました。
(中山)
では第1回の入試もいずれは4教科にされるおつもりなのでしょうか。
(福原先生)
まだそのようなことは考えていません。
(中山)
このようなことを伺ったのは、公立小・中の現状を知って小6になってから私立中を受験したいと考える生徒や保護者が意外に多いためです。小6からではよほどのことがない限り4教科で受験することは無理です。そのような生徒の中にも力がある生徒も数多くいます。
(福原先生)
なるほど、そのような生徒にも配慮する必要がありますね。
(中山)
入試を突破できるかどうかは、受験生本人の努力次第ですが、完全に4教科入試にされ2教科の受験生に門戸が閉ざされてしまうのは実に残念なことだと思います。
(福原先生)
入試に理科・社会を含めたいと思うのは、学力の高い生徒を求めること以外にも目的があります。
(中山)
それはどのようなことなのでしょうか。
(福原先生)
例えば社会で時事問題を出します。これは世の中で起こっている事がらに関心を向けて欲しいからです。新潟での地震やアフガニスタンなどでの出来事など、単に知識として知っているだけではなく、家庭の中でなぜそのような事が起こったのか、自分たちにはどのような事ができるかなどを話題にして欲しいと思うのです。
(中山)
同感です。
(福原先生)
社会情勢に関心がないような生徒は学力も伸びません。そして、もっと大切な他人の気持ちを推し量ることなどもできないかもしれません。
(中山)
入試問題をはっきりした意図を持って作成されているということですね。
(福原先生)
そうですね。
(中山)
私どものサイト「受験相談」への質問が多くあるので、面接に関してお伺いします。第1回は受験生だけの面接、第2回は保護者同伴となっておりますね。その意図をお聞かせください。
(福原先生)
受験生に対しては質問を聞き、それに対してきちんとした回答ができるかどうかを確認します。第2回では同伴の保護者へ本校の教育への理解度や期待を尋ねます。「どんな思いで受験をしたのか」ということを面接を担当した教員にも感じさせる目的もあります。
(中山)
先生方にも何かの目的を持って面接をされるというお話は初めて伺います。
(福原先生)
担当した現場の教師にも学校の良さを再発見してほしいと希望しています。
(中山)
面接時の服装はいかがでしょうか。受験相談にも保護者からの質問が多くあります。
(福原先生)
受験生の服装は小6らしい服装、華美ではなく質素なものが良いでしょう。面接の前に着替えをする受験生も多いのですが、そんな必要はありません。
(中山)
相談には「わざわざ購入し、着慣れていない服装で面接を受ける必要はない」と回答しますが、受験生は周囲の受験生が立派な服装をしていると気後れする例もあります。いろいろな機会にその点をお話くださるようお願いします。
(福良先生)
そうですね。今までは本校の教育が外部に十分に伝わっていなかったように思います。これからはいろいろな方法で外部に対しても本校の様子を伝えていこうと思っています。

以上

学校風景1学校風景2学校風景3

☆付記☆福原校長は静かな語り口で女学館の教育について語られた。上には載せることができなかった内容にも、女学館の伝統ときめ細かな指導を示す話が数多くあった。伝統ある教育に自負を持ちながら、あわせてその教育を発展させる新しい教育に取り組もうという強い意志を感じた。
東京女学館URL