2003年11月27日(木)訪問:海城学園は新宿の繁華街のほど近くに位置する。都心部にありながら広大な校地を持ち、その中に機能的な校舎や広いグランドを抱える。進学校として高く評価されている。かつては早慶など難関私大を目指す生徒が多かったが、次第に東大や国立大医学部などの難関国立大を目指す生徒が主になっている。私立御三家に匹敵するレベルの進学実績を上げ、ますます注目が上がっている。学校長和田征士先生、教務部部長茂木雅之先生にインタビューした。
ほくしん教務統括 中山秋子

「現状に満足してはいけない」

(中山)
和田先生が学校長に就任されて1年半以上となりました。学校長として海城の運営に関与されて、どのようなことをお感じになりましたか。
(和田先生)
海城は素晴らしい学校だと聞いていました。そして、実際にそうでした。就任したてのころは学校の状況やシステムを勉強することが主でした。しばらく経っていろいろなことがわかってきました。
(中山)
どのようなことでしょう。
(和田先生)
一番感じたのは、授業やテストに関して各教師が研究しとても工夫していることです。通り一辺倒な授業はしていないということですね。
(中山)
なるほど、その点に関して実際に授業を担当されている茂木先生はいかがですか。
(茂木先生)
本校に入学する生徒は学力がとても高い生徒です。ですから工夫をしていないと生徒から不満がでてきます(苦笑)。大学入試だけを考えて問題の解法ばかり指導していては相手にされません。テストでも安易に大学入試から問題を採ったりすることはできません。すぐにばれてしまいます(笑)。
(中山)
なるほど学力の高い生徒が多いことで授業が一層充実するのですね。
(和田先生)
そう思います。ただ、当然のこととして、すべての授業で生徒が満足できているわけではありません。さらに授業の充実を図る取り組みは必要でしょう。本校の教師には機会があればいろいろな研究会や研修へ出かけて行ってもらいます。茂木にもある企業が開いた研究会に参加してもらいました。最先端の研究に接したり、他の学校や企業の方と情報を交換することは自らの指導能力を高めるためには大切だと思います。
(中山)
和田先生をお迎えになって現場の先生方はいかがですか。
(茂木先生)
いろいろな試みやアイデアを提示されます。話題に出た研修の件もそうです。海城も徐々に変化していると思います。
(中山)
なるほど、それはどのようなお考えからなされたことですか。
(和田先生)
私は外から海城にやってきた人間です。「傍目八目」という言葉があるように、外の人間には内部の長くやってきた人間とは違った見方ができるので、よく見えることがあります。校長として外部の目で学校のシステムや指導の進め方を検証していくことが大切だと思っています。少しずつではありますが確実に変えていかなくてはならないこともあります。
(中山)
どのような点にお気づきになりましたか。
(和田先生)
長年やってきて順調にいっていると、人間はどうしても「今が一番良い状態である」と考えてしまいがちです。これは海城でも同様でしょう。進学実績を伸ばし応募者も多く、高く評価されているのは事実ですから尚更そうでしょう。
(中山)
それは良くないことだとお考えなのですね。
(和田先生)
そうです。例えば受験産業の方は雑誌やネット上などで、各学校の新しい試みを紹介されます。そうしたところに「海城」という名前が登場しなければ保護者の方々は「海城は何もやっていない学校だ」と考えるかもしれません。そのようなことになれば、生徒募集でさえもうまくいかなくなるかもしれません。私学は公立学校とは異なり、数字ではっきりと評価が表れてしまいます。ですから、いろいろとアドバルーンを揚げているのです。
(中山)
危機感をお感じになっていることがわかりました。どのような取り組みをお始めになったのでしょうか。
(和田先生)
「将来構想検討委員会」を設けて海城の将来を見据えて検討し実践に繋げています。
(中山)
支障がなければその内容をお話ください。
(和田先生)
検討中の内容もあるので一部だけを紹介しましょう。委員会は3つに分かれています。1つには生徒の、学校に対する満足度評価を行うこと、業者とタイアップして一般的なものではなく、海城の教育に関係する項目を揚げて作成しています。
(中山)
対象は全生徒ですか。
(和田先生)
中1と高2です。そのうちの中1には入学する前に見た海城と実際に入学した海城との違いも尋ねています。満足している部分は自信を持って続けることができるし、不満足な部分は対策を講じることができます。
(中山)
斬新な取り組みですね。
(和田先生)
海城ではこのような調査は初めてですし、他校でもこのような内容を行うのは珍しいと思います。残る2つは他校の取り組みの調査と研究、そして学校として変える部分のリストアップとそれによってどのような変化が起こるかのシュミュレーションです。1つめと3つめの取り組みは難しいと思います。

「海城の生徒は自然に新しい紳士像に近づいていく」

(中山)
新しい取り組みの一環だと思われますが、ホームページの更新がとても頻繁に行われ、学校説明会の追加情報などもすぐに提供されているので感心しております。
(和田先生)
担当者がとてもよくやっています。中3の学年主任で国語科の教師が中心に作成しています。自分のホームページも作っているので高い技術を持っていると思います。ただ専任ではなく授業を持ちながらやっているので大変だと思いますね。
(茂木先生)
先日新しいサーバーに切り替えました。ご家庭でもブロードバンドが一般化していますので、画像の数など制約が少なくなりましたので、内容はもっと充実したものにできると思います。
(中山)
ホームページ上の和田先生の書かれた「日々の雑感」を楽しく拝見させていただいています。その中でインターネットを活用した授業のお話がありました。日々の授業の中でインターネットを活用されている様子が伺えます。
(和田先生)
光ファイバーを導入しているのでストレスなくインターネットを使用できるようになっています。ただ調べるだけでは意味がないので、自分の感想や意見を持ち、それを述べることがより大切だと思います。
(中山)
インターネットに限らずいろいろな面でコンピュータを活用できるのは良いことですね。
(茂木先生)
そうですね。コンピュータをツールの一つとして使いこなせるようにするのは大切ですが、以前からの指導方法を並行して進めることも必要ですね。また、ハードウェアやソフトウェアはどんどん変わっていくので、使い方を指導する面では、教師は不十分なこともあります。そこで早稲田の理工の大学院生2、3名に交代で手伝ってもらっています。
(和田先生)
使いたいと思う生徒が増えてきたので、生徒が順番待ちをしている時があります。将来パソコンが使える教室を増やせないかと考えています。
(中山)
そうですね。いろいろなソフトも実際に使っている学生さんが指導されるのは効果的ですね。小学校でも熱心な学校では活用されているようです。私どもも基本的な操作ができるように指導してコンピュータ使用を義務づけた課題も与えています。
(茂木先生)
パソコンがある家庭が一般的になりました。海城に来ている生徒はすでにある程度使えるようになってきていると思います。ただ、小学校だけでやっている場合に、海城で使うものとは違うソフトウェアを使っていることが多いようです。事前にその確認と必要な指導は欠かせないですね。
(中山)
ホームページを拝見すると「新しい紳士」という形で海城の目指す生徒像が掲げられています。実際の海城生をご覧になっていかがですか。
(和田先生)
あまり意識して生活はしていないでしょうね。教師は熱心に指導していると思います。躾をきちんとしているというのか、よく叱っていると思います。と言っても決して教師の思うとおりにしようというわけではありません。自主性を重んじる。が、勝手にしてよいというわけではないということです。
(中山)
同感ですね。
(和田先生)
秩序があってひとつひとつの授業が整然となされていることがそれを示していますね。
(茂木先生)
保護者に「学園祭が楽しかったので海城を選んだ」とよく言われるのですが、学園祭の時間と空間は海城にとって異常なものなのです(苦笑)。あれが海城の日常の様子だと思ってもらうのはかなり問題かな(笑)。
(中山)
海城の学園祭の盛り上がりは特に有名ですから、関心が高いと思います。
(和田先生)
学園祭に来ていただけるのは嬉しいことです。それ以外でも守衛所に一声かけていただければ校舎をご覧になることができます。授業の様子を観ることはできませんが、普段の学校の様子も是非ご覧いただきたいと思いますね。中高生全1800名が今ここで勉強しているとはとても思えないほどの静けさです。
(中山)
場に応じた切り替えができるのも、生徒に力がある証拠ですね。
(和田先生)
進学校はガリガリ勉強させているというイメージも一般的にはあるが、海城にはそれがないのも良い点です。
(茂木先生)
高3になっても他の生徒に対して優しい生徒が多いように思います。「周りを引きずりおろしてでも」という気持ちはないですね。あるテストの問題で「先生、この問題は○○大学の□年度の問題そのままじゃないですか。僕は勉強していたから良かったけれど、そうでない生徒は不利じゃないですか」と言ってきたこともありますね。
(中山)
そのようなことはなかなか言えませんね。まさに紳士的ですね。
(和田先生)
生徒は学校の生活の中で、自然と「新しい紳士」の姿に近づいていくのかもしれませんね。

「国語や英語には表現力を高める指導法を身につけた教師が必要である」

(中山)
和田先生は中教審の委員をなさっていたと伺っています。現状の教育を憂えることも多いと存じますが。
(和田先生)
答申を出した際は「これで学校教育は変わる」と思ったのですが、その後も良くなったとは言えないのがとても残念ですね。
(中山)
特にどのような点が残念なのでしょうか。
(和田先生)
当時は知識偏重教育が批判されていました。マニュアルが無ければ何もできない人間が増えるとの危惧から、自ら考える力を培う教育を提言したのですが、それが全く改善されないばかりか、かえって力の低下を生み出しているように思います。
(中山)
指導をしながら、知識をきちんと身につけること、それを実際に使ってみることなどに関して、最近の生徒には力の低下を感じ心配しています。
(和田先生)
年齢に応じたことができない生徒が増えている印象はありますね。家庭での訓練が不足していることやそれを補うための教育現場での取り組みが不十分なのでしょう。指導の現場で混乱もあると思います。特に「自由を尊重する」ということが生徒の勝手気ままを許し、無秩序を生み出していると思います。
(中山)
具体的にお話しいただけますか。
(和田先生)
幼稚園で教師が話を聞かせようとする際に、よそを向く自由を認めては教育になりません。「話を聞くときにはきちんと話し手の方を向く」という指導が必要なはずなのですが。これは「自由の尊重」ということを指導者も家庭も正しく理解していないと適切な対応はできないでしょう。
(中山)
子育て全般につながりますね。
(和田先生)
そうです。親は教育機関に「お任せ」で躾を十分にしていない現状があるようです。親がどのように教育に関わっていくべきか、大人はもう一度考え直さねばなりませんね。
(中山)
おっしゃるとおりだと痛感します。教師が教育の基本となることを理解し、その指導方法を、トレーニングをして身につけていくことが一層大切になりますね。低年齢時の指導者には特に重要だと思えます。
(和田先生)
そうです。現在は不景気のために教職を志望する学生に比較的優秀な人たちが多いので、問題はまだ軽い段階で済んでいるように思われます。しかし、これからはどうなるか不安です。
(中山)
どのようなことが必要だと思われますか。
(和田先生)
小学校の全科担任の見直しは必要でしょう。理科、社会といったとても専門的な知識が要求される教科は専門の教師がやるべきではないでしょうか。
(中山)
「小学生の理科嫌いが進んでおり、とても技術立国を目指すなどとは言えない状況だ」と指摘された校長先生もいらっしゃいました。
(和田先生)
先生が理科好きでないと理科の指導はなかなか難しいでしょう。
(茂木先生)
小学生のころまではとても好奇心旺盛ですから、さらに関心を高めるきっかけを与えていくと良いでしょう。高校生でも面白い現象だと思うと熱心に取り組んでいますからね。
(中山)
私どもの生徒も同様です。興味や関心を広げることができる時期の指導は重要だと思います。
その他にどのようなことが大切だとお考えですか。
(和田先生)
これからは国語や英語の教育の内容が問われていくと思います。今までは表現力を伸ばす指導を重視してこなかったように思います。
(中山)
私も国語を指導しているので全く同感です。
(和田先生)
現在、国語の教師は国文学を専攻した者、英語の教師は英文学を専攻した者がなることが一般的です。大学で「表現力を磨くための教育」についての指導を受けていない、あるいは受けていても訓練はされていないという点は大きな欠陥でしょう。
(中山)
最近の生徒は自分の言葉で好き勝手に言い放して終わるという傾向が強いと感じます。このままでは同じ言葉を遣いながらもコミュニケーションが成り立たなくなるのではないかと危惧しています。
(和田先生)
読んだり聞いたりした文章を大づかみする能力や、それから何かを感じて表現する能力を磨く指導法をもっと研究しなくてはなりませんね。
(中山)
指導する側にも指導を受ける側にも難しいことです。
(和田先生)
教育制度全体にも関わるので難しい問題です。どうしたら良いのだろうと本当に悩んでしまいます。

「入試問題は生徒や保護者へのメッセージである」

(中山)
先ほど理科に関しての話題がでましたが、前回の取材の際に茂木先生から現場の先生の立場から保護者に向けての要望やアドバイスをいただきました。「よく遊ぶ」ことで好奇心を伸ばすというお話があったかと思います。その点をまた伺いたいと思います。
(茂木先生)
またですか(笑)。最近の子供は、好奇心を強く持っていますが、与えられる情報が多すぎて逆に好奇心をそぐ結果になっているのではないと危惧しています。
(中山)
どういうことでしょう。
(茂木先生)
実験などインターネットなどでは写真付きで細かい手順から結果まで掲載されていますよね。それを鵜呑みにしてやったつもりになってしまうのです(苦笑)。授業ではやったからわかることを重視しています。試薬を使って現れる色は赤となっていてもそうはとても見えないのが現実です。そこでよく観て考えるきっかけを与えています。
(中山)
いろいろなことを自分の手でやってみることが大切なのですね。
(茂木先生)
そうです。特に就学前のお子さんがいらっしゃる場合には、子供が尋ねてきたときに、単に答えを言うのでなく「何だろうね」と言って一緒に考えてほしいと思います。忙しいときに限って質問攻めに遭うという印象をもたれるかもしれませんが(笑)、子供はそれをねらって質問してくるわけではありません。
(中山)
本当にそうですね。
(茂木先生)
小さいときに一緒にアリ釣りなんかしてもらえると良いですね。生き物に触れられない触れたくないという子供は少なくなるでしょう。
(中山)
なるほど。周りの大人特に母親が嫌って大騒ぎをすると、子供も同じようになるようです。お手伝いの経験なども大切ですね。
(茂木先生)
そうです。いろいろと暮らしの中で経験させると良いでしょう。ただし安易に金銭で釣って(笑)させるのは良くないでしょう。
(中山)
そうですね。そのかねあいが親の工夫、知恵ですね。
最後に入試についてお伺いします。
(和田先生)
入試は学校でやっている教育内容を生徒や保護者に伝えるメッセージという意味があるので、指導の根幹が変わらない限り変化しないと思います。もちろん細かい点での差異ははあるでしょうが、大きな変化はありません。
(中山)
2005年に配点が変更されると公表されていますが、これはどのようなお考えからですか。
(和田先生)
総合力の必要性を感じているからです。理科や社会をせっかく熱心に勉強して配点が低いのは正当に評価できていないという面もあります。
(中山)
総合力の必要性を述べられるのはなぜでしょう。
(和田先生)
大学入試で試験教科が増えることにも関係があります。大学が学生の学力低下という現実に対応するために、専門として必要な教科を入試に課すようになりました。従来から当然そうあるべきだと考えていましたのでとても歓迎しています。社会に出てからも役に立つように学生を鍛えるシステムの充実に繋がると更に良いことです。
(中山)
大学の入試科目が減ったことで学生の学力が下がったということですね。
(和田先生)
そうです。もともと高校までのカリキュラムはすべてをやることが前提だったのです。その中の一部の科目を試験することで十分に判定できるという考えでなされたことです。しかし、高校時代に志望する大学の入試に必要な科目に絞って受験勉強するようになって前提が崩れてしまいました。
(中山)
絞っていくと確実に受験勉強の負担は減りますね。
(和田先生)
世の中はイージーな方向に流れてしまいがちですが、それでは通用しないという意識が必要でしょう。
(中山)
大学入試での変更で指導内容に大きな影響を受ける学校もありますね。
(和田先生)
そうです。新指導要領で中学までの内容が大きく減った中で大学入試の科目が増えるわけです。高校のカリキュラムを工夫しないととてもやりきれないでしょう。海城も高校入試で生徒を受け入れるのでどのように授業内容を増やしていくのか検討しなくてはいけないと考えています。
(中山)
優秀な生徒が集まる海城でさえもカリキュラムの検討が必要になるというのには驚きます。
(和田先生)
将来は進学校の序列が東大に何人ではなく、ハーバードに何人というように変わるかもしれません。日本の教育者としてそれは望んではいませんが、日本の大学は国際的には評価が高くないという現実があります。これからは教育を担う機関すべてが変わっていかなくてはならないのです。
(中山)
よくわかりました。本日はどうもありがとうございました。

以上

学校風景1学校風景2学校風景3

☆付記☆和田校長は海城だけでなく広く日本の教育全体をとらえて行動されている。現状に満足せず、高い識見から将来を考えた指導体制を作ろうとされているのが率直な表現から窺えた。優秀な指導スタッフにも恵まれた、海城の取り組みに今後も注目したい。
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