2000年4月18日(火)訪問:立教女学院は東京の都心からやや離れた杉並区久我山という、周辺には大学・短大・高校などが点在する文教地区にある。短大・高校・中学・小学の各校舎が緑の中に並んでいる。創立から120年を超え、関東大震災後に移転再建されてからも70年を超えるという伝統が随所に感じられる。1学年160名前後という生徒の中から、関係する立教大、併設の立教女学院短大以外にも難関国立・私立大学へ多数の卒業生を送リ出している。近年、中学受験で大学付属校の人気低下という状況の中でも確固たる地位を保っている。学校長杉山修一先生、教頭鈴木俊子先生にインタビューした。
ほくしん教務統括 中山秋子

「キリスト教徒のための学校を作ったのではない」

(中山)
立教女学院は創立されてから120年を超えるプロテスタント校です。 キリスト教に基づく教育の基本的な考え方はどのようなものなのでしょうか。
(杉山先生)
私達の学校では、伝統的に「学ぶことと生きることは分離しない」という考えがあります。 勉強することで人間が育っていき、自分の勉強したことを通じて、社会に対してより良い貢献ができるのだと考えています。
(中山)
ではそのようなお考えに基づいて、どのような教育の目標を持たれているのでしょうか。
(杉山先生)
まず一生懸命に勉強すること、そして学ぶことの意味と目的とを正しく受け止めることです。 さらにキリスト教では「service」と言いますが、学んだことを他者のために使うことを、教育活動全体の中で強調していきます。
(中山)
当然、礼拝などの宗教活動もその中に含まれていると思います。生徒の大半は入学して初めて宗教行事に参加するようですが、そのことが何かの差し支えになりませんか。
(杉山先生)
差し支えることはありませんが、生徒は初めのうちは違和感を感じたり不思議に思ったりはすると思います。 しかし、宗教行事を通じて現代の社会が失ってしまった人間の心の深みというものを感じて、自分の心がとても重く大切な意味を持っていることに気付くようになると思います。
(中山)
入学時に宗教に関して問題にされることはありませんか。
(杉山先生)
一切ありません。 創立者のウィリアムスはキリスト教が禁止されていた時代に日本にやってきて、キリスト教に全くなじみのない日本人のために学校を作りました。キリスト教徒のための学校を作ることにあまり意味はありませんから。その姿勢が受け継がれています。
(中山)
日本でキリスト教の学校を運営されるというのはいろいろなご苦労もあると思いますが、いかかでしょうか。
(杉山先生)
創立間もない頃は「どんな学校だろうか」と興味を持つというより、こわごわ入学してきたと思います(笑)。 戦前・戦中の国粋主義的な体制の中ではいろいろな制約を受けてきました。私たちにとってこの上もなく大切な礼拝堂も戦争中は軍事工場のように使われていました。 また、関東大震災で全く廃校にしなくてはならなかったのも大きな苦労でした。しかし、アメリカの教会からの援助でこの地に移転し再建されたのは幸運でした。
(中山)
現在のように価値観が多様化した社会では、逆にこれまでの苦労が身を結ぶということもあるのでしょうね。
(杉山先生)
困難の中でも希望を持つことができるというのが、キリスト教の学校の内面的な力と言えます。 子どもの数が減っていくことなど、学校経営の上での大きな問題もあります。しかし、神が愛してやまない子どもたちが一人の人間として豊かに成長していくために、教育を営んでいるという確信を持っています。 ですから、社会情勢に翻弄されないで希望はいつでもあるのだと信じて教育を進めていくことができます。
(中山)
すばらしいお話ですね。
(杉山先生)
受験生や保護者には抽象的な内容ばかりでわかりくいかったも知れませんが。

「先生は生徒の顔と名前をすべて知っている」

(中山)
現在、公立の中学校では不登校など、いろいろと深刻な問題を抱えています。 これらは程度の差こそあれ、どの私立学校でもある程度見られる状況だと聞いていますが、立教女学院ではいかがでしょうか。
(杉山先生)
不登校が全くないと言えないのが残念です。中学校全体で、登校しにくくなった生徒が1、2名います。数年に一度はほとんど登校できなくなる生徒も出ています。いろいろな原因から不登校になるのでなかなか解決できない問題です。
(中山)
どのように対応されているのですか。
(杉山先生)
カウンセラーが2名、学校付きの牧師2名がカウンセリングなどの対応にあたります。担任も家庭と連絡を取り合って対応しています。 しかし、この問題は、単に生徒と保護者、生徒と学校との問題では済まされないと思います。社会全体が、不登校になった生徒を受け止めていく覚悟を持たなくてはならないと思っています。
(中山)
その他に気になることはありますか。
(杉山先生)
女子の学校だからなのでしょうか、ときどき食が細くなる生徒が出てきます。不登校の問題や拒食の問題などは社会に共通した問題です。公立、私立を問わずどの学校で起こっていることだと思います。私たちはそのような問題が生じたとき、子どもが自分の力で回復することができるように援助していきたいと考えています。
(中山)
回復への援助という点から考えると、直接子どもたちに対応する各先生の努力が大切だと思いますが。
(杉山先生)
そうです。ただし、恵まれたことに私たちの学校は規模がそれほど大きい学校ではないのですが、専任教員の数は多い方です。 生徒全員の顔と名前を教師がみんな覚えることができます。そういう点では非常にパーソナルな関係の中で子どもたちが育っていくことができる環境になっています。
(中山)
すべての生徒の名前を覚えているということは実に素晴らしいことですね。
(杉山先生)
新入生の時から顔と名前をすべて覚えることはできませんが、授業などを通じて高校になるまでにはだいたい全員の顔と名前がわかります。
(中山)
校長先生も授業をお持ちなのでしょうか。
(杉山先生)
中学1年の聖書、キリスト教の授業を担当しています。
(中山)
校長先生はキリスト教徒なのですね。では、先生にもキリスト教徒の方は多いのですか。
(杉山先生)
3分の1ほどでしょう。私は校長になって10年経ちましたが、その前は学校付きの牧師を7年間しておりました。

「自由を使うことは本当に難しい」

(中山)
過去に訪問したいくつかの学校では、最近の子どもたちは身につけておいてほしい最低のマナーさえ欠けている場合が多い、と心配されて、学校でも躾に取り組んでいらっしゃる学校もありました。立教女学院ではいかかでしょうか。
(杉山先生)
躾の細かい点は各家庭の問題だと思っています。私達から家庭に要請するようなことはありません。それよりも保護者の方々が子ども一人一人の人格を尊重して育ててほしいと希望しています。自分の夢や希望を託して、自己実現の道具にして欲しくはありません。 ただ、女子教育を進めるという点では女子教員の役割が重要だと思います。鈴木教頭は私よりずっと長く、30年を超えてこの学校で指導にあたっています。私より具体的にお話ができるでしょう。
(中山)
最近の子どもたちの生活の様子や態度に本当に心配な点が増えてきています。立教女学院の場合にはご苦労は少ないと思いますが。いかがでしょうか。
(鈴木先生)
いいえ大変です(笑)。
私たちの時代は本当に自由が貴重なものでした。自由は何物にも代え難いものだと思っていました。現在のように、自由が溢れていると、本当に自由を使いきる難しさのようなものを感じます。 いろいろと細かいところまで押し付けをする学校ではないのですが、生徒がつくる生活委員会の主催で、マナーの指導もします。
(中山)
具体的にはどのような点が指導されるのでしょうか。
(鈴木先生)
この学校では、皆が最初の出会いを大事にすれば心が開かれていくと思っています。 ですから、きちんとした挨拶や黙礼をする、通りを歩くときには他の方の邪魔にならないようにする、電車内で大声で話さない、などです。
(中山)
身だしなみの面、たとえば「茶髪」「ルーズソックス」などはいかがですか。 「『人としての美しさに欠ける』と話してやめさせる」とおっしゃった学校、 「指導の上ではそんなに重要なことではない」とおっしゃった学校、 いろいろでしたが。
(鈴木先生)
学校説明会で「茶髪やルーズソックスはどうですか」という質問があってびっくりしてしまいました(笑)。やはり保護者の躾に対する希望は感じます。私達は重要な問題であるとは思っていません。 ただし、「することは自由だが、質素で清潔あることが大切だ」と思ってほしいものです。自分の自由な意志で「絶対にやらない」、そんな精神的な強靭さを望みます。
(中山)
自由意志で何かをする、特に周囲とは異なることをするということは、どんどん難しいことになっていると思います。
(鈴木先生)
本当に難しくなっていると思います。でも、自由を使い切るためには絶対に必要なことです。

「立教女学院は自分が愛されていると感じられる場所」

(中山)
入試に関してお尋ねします。 単純な暗記中心の勉強では対応できない独特な形式の問題を出されています。 問題を考えると、国語、算数の試験時間40分というのが短すぎる気がします。 試験時間を変更される予定はありませんか。
(鈴木先生)
中学入試では受験生はたいてい何日も続けて受験します。絶対に合格したいと受け続ける生徒だけではなく、第1志望の学校に入ってもさらに受験をする生徒もいます。だから少しでも負担を軽くしてあげたいと思っています。当面、試験時間や内容の変更はないでしょう。
(中山)
入試問題の中でも特に国語は文章が長く記述が多いので、かなり辛く感じている生徒もいるようです。
(鈴木先生)
記述がいっぱい(笑)の問題ですのでそうかもしれません。もう少し研究する余地があるのでしょうが、なかなか手が回らない、現在は精一杯のところです。
(中山)
最後に立教女学院に入学したいと考えている受験生にメッセージをいただきたいのですが。
(杉山先生)
立教女学院はとても楽しい学校です。 楽しいというのは、ただ「面白い」とか、「おかしい」ということではなくて、この学校で学ぶことで「自分が人間として大切にされている」ということを実感できる学校だからです。 人間は愛されているという実感を持つことが、どんな苦しいことや困難にも耐えていくことができる力だと思っています。立教女学院を受ける皆さんも、そういう場所に招かれているのだと思ってください。

以上

学校風景1学校風景2学校風景3

☆付記☆杉山校長は穏やかな語り口で話された。生徒を温かく包み込む優しさが感じられた。鈴木教頭以下のスタッフ誰もが、教育に対する高い理想を持ち、世の急激な変化を真摯に受け止め、必要と思われる現実との差を埋めるべく生徒の指導にあたっている様子が感じられた。
立教女学院URL