2000年12月05日(火)訪問:サレジオ学院中学校・高等学校は、急速に宅地化が進んでいる「港北ニュータウン」にある。現在の校舎の完成(1995年)に伴って、川崎市から移転してきた。新興住宅地の中に位置するため交通の面がやや悪いのが難点だが、それを補って余りあるきめ細かい進学指導で生徒や保護者の信頼を集めている。東大・東工大など国立難関大学、早大・慶大などの私立難関大学への合格実績を着実に伸ばしており、人気の高い進学校となった。学校長河合恒男先生にインタビューした。
ほくしん教務統括 中山秋子

「校長は生徒を笑顔で受け入れる役目だ」

(中山)
カトリックの学校というと堅苦しいイメージを持っている方も多いのですが、サレジオ学院は明らかに違うように思います。カトリックの理念に基づいて先生はどのように生徒に接していらっしゃるのですか。
(河合先生)
いつも考えていることが子どもの心を開くことです。一方的に良いことを言って、こちらが自己満足するのではなく、到達可能で問題意識を持てるようにしたいと努めています。
(中山)
お話をされる機会が数多いかと思いますが、生徒にはどのようなお話をされるのでしょうか。
(河合先生)
できるだけ身近で子どもたちに関わりがある話をしたいと思っています。 人間にはさまざまな差があることを認めるところから「助け合う、支え合う」ことが必要だと感じて欲しいと思います。
離れている人の不幸を見ると「可哀想だ」と感じることはたやすいものですが、身近な人では欠点が先に見えてしまうから優しくなれないことが多くあります。だから、友達、親、先生など、身近な人に目を向けてほしい、大事にしてほしいと話しています。
(中山)
学校案内を拝見すると、校長が生徒を出迎えていらっしゃる写真があります。これはとても印象深いものですが、毎日のことなのですか。
(河合先生)
そうですね。ほとんど毎日立っています。
(中山)
生徒の反応はいかがですか。
(河合先生)
「おはよう」という挨拶をかけるので、「おはようございます」と返してくれます。が、中にはこちらが「おはよう」と言っても「フン」というような顔で無視する生徒もいますね(苦笑)。
(中山)
そのときは何か、例えば「挨拶をしなければいけないよ」というような注意をされることもあるのですか。
(河合先生)
私は注意はしません。 ちょっと茶髪系の生徒がいることもありますが、それでも注意はしませんね。「おい、なんだ」と注意をするのは生徒指導の役目です。そういう点では一番美味しいところをやらせてもらっている(笑)と言えますね。
(中山)
生徒指導の先生がある意味では「憎まれ役」ということですね。生徒の様子を見て先生はどのようにお感じですか。
(河合先生)
私も内心では腹が立つようなこともありますね(笑)。でも全員がニコニコしながら寄ってくるのはもっと気持ちが悪いでしょう(笑)。 生徒がいろいろな思いで学校にやってくるのを笑顔で受け入れるのが校長の役目です。確かにルール違反を矯正するのも大切です。が、世の中ではこのような役割も必要でしょう。
(中山)
そう思います。その他に生徒への対応の面で何か具体的な特色はありませんか。
(河合先生)
カウンセラーも置いています。 それにコミュニケーションルームという一室を設けています。一種の「治外法権」と言って良いのでしょうか、何でも本音で語ることができる場を設けています。
(中山)
その部屋はどのようなものですか。
(河合先生)
私と同じように年取ったサレジオ会員の先生がいます。そこにクラスや部活動でうまく適応できない子どもたちが行って、バスの時間まで話をしながら過ごす場所になっています。 その先生の対応もあって安心感を持てる場所になっているのでしょう。
ある卒業生は大学の「人生について1万語にまとめる」という課題で、その先生をテーマにして書いたほどです。先生に言ったら「私は変わっているから」(笑)と言って笑っていましたが。
(中山)
その卒業生にとって本当に過ごし良い場所だったのでしょうね。
(河合先生)
校長室にも中1や中2はコーヒーを飲みによく来ますね。子どもたちの話が聞けるのは嬉しいことです。「どこも君たちの入れる場所だよ」という気持ちを持って迎え入れています。

「行事には保護者が楽しんで参加している」

(中山)
サレジオ学院は行事への保護者の参加がたいへん多いと伺っていますが。
(河合先生)
そうですね。文化祭にいらっしゃった方々が保護者の参加が多いので驚かれます。時には「子どもたちより保護者の方が一生懸命だ」(笑)という話も出るほどです。 とにかくお父さんもお母さんも楽しんで参加されていると思いますね。
(中山)
お父さんの参加というのは珍しいのですが、どのようなことをされているのですか。
(河合先生)
「親父の焼き鳥の会」では100人ほどのお父さんが約1万本の焼き鳥を準備して売ります。お父さんたちは「儲けることは期待していません。年1回ですが、我々が作ったものを息子が喜んで食べてくれることは罪滅ぼしですよ」(笑)と言ってやって下さるのです。
(中山)
そのようにお父さんが積極的に参加されるようになったきっかけはどのようなことですか。
(河合先生)
「教育の主体は家庭だ」という考えの下で、家庭が学校と教育に関して同じ方向性を持っていただこうということで、「父親聖書研究会」、「母親聖書研究会」というものを作りました。 中1の頃はみんな「家内がうるさいもので」(笑)という理由でいらっしゃるのですが、だんだんと「面白いな」と思われるようです。 話の後、食事会、時には飲み会になります。当然、私も参加します。
(中山)
その中でまとまりができるのですね。
(河合先生)
そうでしょうね。他の学校のお話を聞いても、お母さん達の集まりに比べお父さん達の集まりは少ないようです。 参加されるお父さんは「名刺を使わない集まりがあるのは嬉しい」とおっしゃいますね。 年1回のソフトボール大会もありますが、その優勝トロフィーがお父さん達の間を回っていてなかなか戻って来ません(笑)。きっと家族に自慢しているのでしょうね。
(中山)
先ほど、食事会や飲み会という話がありましたが、その場ではどのようなお話がで出るのですか。
(河合先生)
気軽に話せる場なので教務に対する本音も出てきます。 時には耳の痛い提言もありますし、子どもたちに関する面白い話もあります。
(中山)
どのようなお話が出たのですか。ひとつお聞かせ下さい。
(河合先生)
ある中1の生徒が雨降りの日に傘を忘れてきたそうです。そのとき「上級生が傘に入れてくれて、『いつ雨が降るか分からないんだから、傘を持ってくるのがサレジアンのエチケットだよ』と言われた」と話してくれたそうです(笑)。 そのお父さんは笑いながら話してくださったのですが、普段は耳にしない生徒の様子がわかって実に面白いですね。 指導に反映することもできるのでとても有意義な集まりになっています。
(中山)
先生からも学校での生徒の様子を話されるわけですね。
(河合先生)
そうですね。他には学校としてお父さん達に希望することもお話することもあります。

「上品な人(=さりげなく誰かに役立てる人)を目指す」

(中山)
校長がお父さん達に希望することとはどのようなことですか。
(河合先生)
子どもたちを勉強に向かわせるモチベーションを親も含めた大人たちが考える必要があるということです。今までのような立身出世型のモチベーションに代わるものが必要なのです。
(中山)
なぜ、そのようにお考えになったのですか。
(河合先生)
私たちが勉強した頃には、良い大学へ入り、良い会社へ入り、豊かな生活をするという目標が主流にあったと思います。しかし、今の子どもたちに「どんな生活がしたいのか」と尋ねると、「ほどほどのお金があって、比較的に自由で快適だったら良いから、今の生活が一番です」と答えるのです。これでは立身出世を目指すことなど考えられません。
(中山)
今の子どもたちにはどのようなことがモチベーションになるとお考えですか。
(河合先生)
自分の才能、自分の持つ何かによって誰かが喜んでくれるのだったら、それをもっと深めたり、高めたりしていく努力をしようということだと考えます。そこで男子校のキャッチフレーズとしてはパッとしないのですが、「上品さ」と表現しようと思っています。 上品な人とはさりげなく誰かの役に立てる人だと考えて、そのような男づくりをするのが21世紀に向けての学校の方向性だと考えています。 私がもっと爽やかだったらもっとピンと来るでしょうが(笑)。
(中山)
人としての気品を持って行動するということでしょうか。
(河合先生)
そうですね。日本人がいちばん忘れていることではないかと思います。 人としての気品があるということは国際的に通用するものでもあるでしょう。子どもたちには日本人であることと同時に国際人であるという意識を持ってほしいと考えています。
(中山)
生徒にはどのようなところから考え始めてほしいとお話になるのでしょうか。
(河合先生)
わかりやすい話から始めようと思っています。 お小遣いを3つの袋に分けて渡すという例話をしました。かいつまんで言うと、1つ目は好きなものを買うために、2つ目は将来のための蓄えとして、そして3つ目は困った人の役に立つ幸せのために渡したという話です。 これはいろいろなことに通じることです。自分の才能や行動が誰かを喜ばせるということになるのだという意識や姿勢を持つきっかけになるようにしたいと思います。すぐにうまくいくというわけではありませんから。身近なところからと思って話します。
(中山)
いろいろな機会を通じて取り組まれているわけですね。
(河合先生)
保護者にも先生方にも協力をしてもらいながら進めていきたいと考えています。長い目で見ていかなくてはなりませんね。 子どもたちが一人前の男になるまでは時間がかかります。「25歳の男づくり」とよく話しています。25歳の頃の私よりも立派な人間になってほしい(笑)と思っています。
(中山)
失礼ですが、校長の25歳の時はどのようなご様子でしたか。
(河合先生)
神父になることを決めていました。もともと教師になりたいと思っていましたからね。
(中山)
キリスト教に関心を持たれたのはいつ頃ですか。
(河合先生)
この学校と似ている大阪星光学院でキリスト教に出会い、16歳で信者になりました。
神父を目指すと言ったときには父親には反対されましたが、母親が味方をしてくれました。 母親は星光の様子をよく知っていたからでしょうね。

「学校を見て自分で選んで欲しい」

(中山)
次に入試に関してお伺いします。4教科の入試のうちでは国語のレベルが高いように思われますが、その意図は何でしょうか。
(河合先生)
校長としては「入試なのだから判定しやすい問題にしてくれ」と希望を伝えるのですが(笑)国語科には自分たちの考え方があるようです。 「自分の言葉で表現できる可能性を子どもたちに求めたい」ということでしょう。 だから、抜き書きした言葉を利用するのではなく、内容にあった言葉を選んで文章で表現できる問題、つまり記述にこだわっているのです。大切なことだと思います。
(中山)
最近の子どもたちは文章表現の力が足りなくなってきているように思います。ですから、問題に取り組むのもなかなか大変です。
(河合先生)
そうでしょうね。宗教の時間でも感想文を書かせるのですが、180人中の20人ほどは本当に書けないです(苦笑)。自分の家庭に関することでもほんの4、5行書くのがやっとですから。 このような状況を考えると国語の問題は難しいでしょうね。しかし、是非ともつけなくてはならない力なので、入学後にも読書指導などいろいろな方法を採って力を伸ばす努力をしています。
(中山)
入試から少し離れますが、最近の子どもたちの国語の力が落ちてきた原因は何だと思われますか。
(河合先生)
手紙を書かないことが挙げられるでしょう。今はもう葉書すら書かなくなっていますから、文章を書く経験がなくなり力がなくなったのは当然の結果でしょう。 何でもメールで済ませてしまいます。とても便利ですからね。しかし、よく吟味して文章を書かないという点で問題があるでしょう。 例えば、恋人に出す手紙ならば、書いた後で「これは言い過ぎだな」と破って捨てたりもう一度冷静に考え直したりしたものでしょう。メールはその場で感情のまま出すことができます。言葉が間違っていてもあまり直すこともないようですからね。
(中山)
面と向かってなかなか話ができにくい生徒の場合は、メールでコミュニケーションをとれるだけでも良いのかしらとは思いますが。
(河合先生)
連絡事項など、最低限のものならば良いんです。しかし、慣れてしまうと他の方法は採らなくなりますね。それは表現力を伸ばすことにつながりません。その点からサレジオでは携帯電話も原則禁止にしています。授業中にメールを出し合っているようなことでも困りますから。 どうしても必要な場合もあるでしょうから、授業時間中は預かるという形を採っています。
(中山)
連絡がしにくいので、生徒は不満かも知れませんね。
(河合先生)
ある程度は利便性を放棄してみることも良いのではないでしょうか。 子どもの成長過程では特に。
(中山)
確かにそうかも知れませんね。 最後に、サレジオ学院を目指す受験生や保護者にメッセージをお話ください。
(河合先生)
必ず学校を見て受験を決めてほしいと思います。 この学校が第1志望ならば良いのですが、そうではない場合もありますね。そんな場合でもこの学校が気に入って受けて欲しいと思います。 例えば「グランドが広いからサッカーができそうだ」でも良いでしょう。実際に見て何か気に入った点が見つかると学校が楽しい場になりますから。

以上

学校風景1学校風景2学校風景3

☆付記☆河合校長は気さくな口調で話される。その親しみやすさ率直さから生徒の信頼も高いだろう。上には載せ切れなかった沢山の話の中にも生徒に対する愛情あふれるものがあった。学校全体に校長の考えが浸透してまとまりが強く感じられた。
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