2005年10月27日(木)訪問:淑徳与野中学はさいたま市の中央部「さいたま新都心」に位置する。最寄り駅周辺には各種の施設が建ち並び、そのひとつ「さいたまアリーナ」の横を抜けた住宅地に学校はある。東京・埼玉に幼稚園から大学まで有する大乗淑徳学園に属する学校のひとつである。開校は2005年4月のとても新しい学校だが、併設の淑徳与野高校はトップクラスの進学校として知られており、初年度から大きな期待を集め、いわゆる「難関校」として位置づけられた。充実した指導や創意工夫に溢れた校舎も評判がよい。2006年以降もその動向が注目される。学校長里見裕輔先生、中等部主事黒田貴先生にインタビューした。
ほくしん教務統括 中山秋子

「進学指導と人間形成が指導の両輪である」

(中山)
開校おめでとうございます。
(里見先生)
ありがとうございます(微笑)。
(中山)
進学校として評価の高い淑徳与野が新たに中学を開校するというので、大きな話題になりました。どのようなお考えから開校されようとお思いになったのでしょうか。
(里見先生)
高校だけではこの時代に合った指導はできないと痛切に感じていました。早く中学校をつくる必要があると思っていました。
(中山)
高校の期間だけでは十分な指導ができないとお感じになったのですね。
(里見先生)
そうです。子供たちをどのように育てていくべきかを考えると、たった3年間では、今まで淑徳与野で進めてきたひとりひとりをじっくりと育てる、いわば手作りで育てていくことは難しくなっていると感じていました。
(中山)
淑徳与野が目指す教育はどのようなものでしょうか。
(里見先生)
1つが進学指導です。単にテクニックを身に付けて得点を伸ばすだけではありません。山から掘り出してきた原石を磨いて美しい宝石をつくるように、可能性を自分の努力で磨いて自分を輝かせることだと考えています。
(中山)
勉強を自らを鍛えて伸ばす方法とお考えなのですね。
(里見先生)
ええ。しかし、それだけでは足りません。淑徳与野は仏教を基にした指導を進める学校ですから、仏教主義に立った人間形成を進めなくてはなりません。情操面での鍛錬も必要です。生徒が「知恵ある悪魔」になってもらっては困るのです。この2つを両輪と考えて指導しています。
(中山)
本当にそうですね。具体的に生徒に対してどのような指導をなされているのですか。
(里見先生)
本校には「淑徳の時間」という時間があります。一般に言うところの道徳の時間ですが、その時間を使ってまず仏教を紹介するところから始めます。
(中山)
宗教の時間というと馴染めない生徒もいるのではないかと思いますが。
(里見先生)
仏教主義の学校は暗いという誤ったイメージがありますが、それはまったく違います。通っている中学生、高校生、保護者とも本校が暗い学校だ、などというイメージは持っていないでしょう。
(中山)
受験校を選ぶ際に宗教系の学校を薦めると全く根拠のない先入観を持っている場合があり、とまどうことがあります。
(里見先生)
特に仏教の学校はそうでしょう。「校舎にお香の匂いが染み付いている」から始まって、ひどい場合には「チャイムがゴーンという鐘の音だ」(笑)という話まであります。
(中山)
実際に学校を訪ねてみればわかることですね。
(里見先生)
誤解が多いから仏教の紹介から入るのです。強制は一切ないし、テストもしません。他には、国際交流にも力を入れています。「仏教の学校は国際交流とは無縁だ」という話を聞きますが、決してそうではありません。
(中山)
国際交流に力を入れることは仏教系の学校であろうとなかろうと関係はないと思います。世田谷学園などは特に力を入れている学校ですね。
(里見先生)
私はこの学校に来る前には世田谷学園に勤めておりいろいろ勉強させてもらったと感じています。あちらは男子校でしたが、新たに中学校をつくる際には参考になりました。
(中山)
そうでしたか。
(里見先生)
本校にはアメリカ、タイ、台湾などに姉妹校が6校あり、どの学校とも交流が盛んです。高校では、10年以上前から2年生のとき、オレゴンの学校に出かけて、生徒の家に分かれて泊まってきます。帰りにはシアトルで市内観光もあり、生徒も楽しみにしています。
(中山)
何かおもしろいでき事はありませんでしたか。
(里見先生)
マリナーズの本拠地セーフコ・フィールドを訪ねた時、幸運にもイチロー選手と一緒に写真を撮ることができて喜んだ年もあります(微笑)。中学でも2年生で台湾の姉妹校に出かける計画を立てています。
(中山)
いろいろな経験を積むことが人間形成の上でも大切だと思います。これからもずっとお続けください。

「仏教の『共生』という考えを自然に感じられる学校にしたい」

(中山)
初年度から予想通りに高い人気を集めましたが、開校までにはやはりいろいろとご苦労がおありだったと思います。いかがでしょうか。
(里見先生)
そうですね・・・。開校準備を十分に進めていましたので、学校の用地が確保できてからは順調に進んだと思います。
(中山)
用地の確保にはご苦労があったのですね。
(里見先生)
ご存じかと思いますが、淑徳与野高校はとても手狭です。そこに中学校を併設するのでは埼玉県から認可を受けることができません。中学校は新たに用地を購入して建てる必要がありました。
(中山)
女子をお預かりになるのですから、敷地の広さだけではなく周囲の環境もとても重要だったように思います。
(里見先生)
そうです。さらに、高校と中学で授業を持つ教員の移動も考えるとあまり離れているところに建てることはできません。
(中山)
いろいろな制約がある中での学校用地の選定だったのですね。この校舎のある場所は駅からもとても近くて環境も良い場所だと思います。
(里見先生)
ここは旧国鉄の資材置き場でした。それが運良く売りに出されたので学園が入札して購入でき、中学校を建てることができたのです。また、建物がほとんどなかったので、新たに校舎を建てる上でも好都合でした(微笑)。
(中山)
それにしても、とてもすてきな校舎ですね。
(里見先生)
黒田がご案内しますので、後ほど校舎をもっと詳しく見てください。この校舎は仏教でいう「共生」の考えに基づいた校舎として造ったものです。
(中山)
「共生の考えに基づいた」とはどのようなことでしょうか。
(里見先生)
仏教には、わかりやすく言うと「人間だけでなく、他の動物も植物もみな命あるものはともに助け合って生きている。みなが大切な存在なのだ」という基本的な考え方があり、それを「共生」と表現しています。学校で過ごす時間にもそのことに気がついてほしいと思います。動植物を身近に感じられる環境を創り出そうと考えたのです。
(中山)
校舎の壁面の緑もそのひとつなのでしょうか。
(里見先生)
そうですね、詳しくは黒田からお話しましょう。
(黒田先生)
壁面緑化としてツタをはわせているのはそのひとつです。他に屋上には身近で自然観察ができる場として「ビオトープ」を作りました。中の小さな池には小魚もいます。とても小さなものですが、生徒たちがクラブ活動で観察記録もつけています。
(中山)
なるほど。
(黒田先生)
昔ほどではありませんが、今でも高校の周りには緑が豊かで田園地帯の趣があります。中学でもそれに倣って植物を植えました。植物の名前が話題に上ってほしいので校内の植物にはみな名札を付けています。
(中山)
校舎も鉄筋コンクリートだけではなく、木材が多く使われていますね。
(黒田先生)
木材には植物が持つ温かみがありますので、素材としてとてもよいのです。女子校らしい「優しさ」を感じさせる学校を創るという校長の考えを反映したものです。同じ考えから和紙を使った装飾もあります。でも少しもったいないかな(笑)と思うことがありますね。今年の生徒は本当に恵まれていると思いますね(笑)。
(中山)
設計や施工の際にも関わってお作りになったのですか。
(里見先生)
イメージするものを伝えて設計に反映してもらいました。建築業者にも努力してもらいイメージ通りに建ててもらいました。立派な仕事をしてもらったと思います。
(黒田先生)
窓を大きく採ったり、柱を曲線にしたり、床と階段の木材が調うように組み合わせてもらったりと、相当に無理な要求(笑)を受け入れてもらいました。
(里見先生)
もうひとつ「エコスクール」という考えもあります。これも「自然との共生」ということで、設計段階から配慮してもらいました。
(黒田先生)
床や机など多くが間伐材を利用したものです。また、「エネルギーの無駄を省くことが自然を守ることにつながる」という考え方からさまざまな工夫がされています。私も最近まで知らなかった(笑)設備や工夫もいろいろあります。
(中山)
今年の生徒は本当に恵まれていますね。
(黒田先生)
本当にそうですね。1学年だけで全部を利用できていますから。

「中学生には高校生よりも『心の教育』がより大切だ」

(中山)
新たに迎えられた中学生にどのような感想をお持ちですか。
(里見先生)
明るく元気がよいという印象を強く受けますね(笑)。ただ、この質問へは黒田が回答するほうがよいでしょう。
(黒田先生)
とても元気がよい印象を受けます。高校生とはまったく違う、こちらの予想を超えた反応や行動をします(笑)。ベビーギャング(笑)と言ったところでしょうか。好奇心がとても強いと思います。
(里見先生)
この校長室はドアに鍵をかけていないので、入ってきては中を探検していくほどです(笑)。
(中山)
まあまあ。
(黒田先生)
予想通り学力がとても高い生徒たちなので6年後の大学受験の結果はとても楽しみです。順調に伸びていけば全員が国公立大学や難関私立大学へ入れる力を持っていると他の担当者とも話しています。
(中山)
気にかかる点はありませんか。
(黒田先生)
生活面では、きちんと挨拶ができない生徒が多いことでしょうか。高校の生徒と比べると、まったく挨拶ができない生徒やできても声が小さくて聞き取れない生徒が目立ちます。とても残念なことです。
(中山)
淑徳与野高の生徒が挨拶をきちんとできるのはよいことですね。そりは学校での指導の成果も大きいのではないのでしょうか。公立中の生徒を見るとほとんど挨拶ができないように感じていますので。
(黒田先生)
そう言っていただけるのはうれしいことです。とにかく挨拶をしっかりできるようにと指導をしています。ご家庭への協力もお願いして進めています。
(里見先生)
高校生よりも情操教育がより必要されていると思います。どの学校でもおっしゃることでしょうが、心の教育の重要性はどんどん増していると思います。挨拶ができないのは、自分のことばかり考えて他人のことに関心がないことの表れでしょう。他人の気持ちを考えない言動につながります。
(中山)
仏教やキリスト教に基盤を置いた指導をされている学校の先生方は特に幼い頃の家庭での教育の現状を憂いていらっしゃいました。
(里見先生)
「三つ子の魂百まで」という言葉があるように、家族、特に母親がどのように接しているかが重要です。最近の若い女性は母親専業になることができていないと思います。残念なことです。
(中山)
現在の社会の状況も関係しているのでしょう。
(里見先生)
共働きなど、いろいろな事情もあるでしょうが、子供をしっかりと観ることができない、子供と触れあうことが足りないのは気になります。時間があるなしの問題ではないように思います。
(中山)
確かに子供を家に待たせておいて外で遊んでいる母親も多いと聞きますね。とても残念なことです。
(里見先生)
愛情を持って接することが大切だと思います。将来、母親となる中学生や高校生をお預かりしているわけですから、本校でもその点にも配慮をして心の教育をしていくつもりです。
(中山)
最近、公立私立を問わず、いろいろな学校で不登校など、心配なことを伺います。少人数クラスにしたことで、かえってグループからはじき出される子どもが増えたなどということもあるようです。これらも他人との関わり合いがうまくできないことが原因のひとつだと思います。
(里見先生)
確かにそうでしょう。幼い頃の他人との関わり合いが少ないのが原因でしょう。私が子ども頃は街じゅう子どもで溢れていました。一緒になって行動することが多かったですね。その中で学んだことも多かったと思います。
(中山)
先生のご出身はどちらですか。
(里見先生)
東京の下町です。浅草の近くで、その当時は東京大空襲で焼け跡の、ほとんどが空き地(笑)のようなところでした。学校から終わると走り回っていました。小学校は1学年が15クラスくらいだったでしょうか、今は同じ小学校が1学年1、2クラスだそうです。外で遊ばない子どもも多くなり「子どもたちはどこに行ったんだろう」と思います。
(中山)
さらに子どもは地域社会で育てるものだという意識もあったように思います。周りの大人が子どもたちにいろいろと注意をして見守っていました。
(里見先生)
そうですね。お話を戻すと、私立校での不登校の問題には別なことも原因としてあるでしょう。
(中山)
それはどのようなことでしょうか。
(里見先生)
親が気に入った学校と子供が気に入った学校が食い違っていることも多いと思います。親は「子供に合った学校を捜したのに」と思っていても、子供は「この学校は自分には合わない。自分は別の学校に行きたかったんだ」と思う場合です。
(中山)
親の見栄で学校選びをする場合も少なからずあります。残念なことです。
(里見先生)
塾に関して、大手塾は「すしが自動的に回ってくる回転寿司」、中小塾は「注文をとってつくる寿司屋」に例えるそうですが、どちらが好ましいか人によって違うはずです。学校もそれと同じように基本となる考え方が違います。それが学校そのものが持つ文化や伝統と言ってよいでしょう。
(中山)
なるほど。
(里見先生)
これらは学校のいわば「風土」と呼べるもので、肌で感じないとわからないものなのです。親の見方だけで簡単に「わが子に合った学校だ」と即断することはできないと思います。
(中山)
考えを押し付けるのではなく、学校に足繁く通って肌で感じることがやはり大切なのですね。

「理系に強い生徒を育てたい」

(中山)
淑徳与野高は本格的な類型別指導を広めた学校として知られています。高校で入った生徒と中学で入った生徒は進路希望では大きな違いがあるように思います。
(里見先生)
その点も考えた対応をしていきます。詳しくは黒田からお答えしましょう。
(黒田先生)
中学から入学した生徒は高校では選抜類型に入ります。選抜類型とは国公立大学進学を視野に入れた指導をする類型で、学ぶ科目数も多くなります。十分なレベルで指導するので、難関私立大進学にも対応できるクラスです。また中学で先取り学習をするので高校から入った生徒は別のクラスにもなります。
(中山)
別のクラスに編成するのは進学指導の面では利点が大きいと思います。
(黒田先生)
特に理系科目に力を入れることができると期待しています。淑徳与野高でも年を追うごとに医学・薬学などの理科系志望の生徒が増えていますが、中学時代につけるべき基礎学力が不足しています。そのため、受験用にどうしてもポイント指導とトレーニングという授業が多くなります。
(中山)
中学でじっくりと基礎学力養成に取り組まれるのですね。
(黒田先生)
そのように考えています。実験・観察などもとても多くやります。テクニック指導だけにはならないように考えています。
(中山)
実際にはいかがでしょうか。
(黒田先生)
理科系の志望者はとても多いので、先ほどのビオトープの件など積極的に取り組んでいます。ただ、数学担当からは「正しい答えを出すことはできるが、なぜそのような計算をするのか説明ができない生徒が多い」と聞いています。どうやってその考え方を身につけたかを尋ねると、「塾で教わったから」という言葉が返ってくるようです。
(中山)
受験勉強は短時間で得点を伸ばす必要がありますので、塾では最後は「これを覚えると解ける」という指導をしがちです。
(黒田先生)
その点は十分にわかっています。ですから基本となる考え方から指導しています。私の担当する国語の指導では言葉の力を付けることが大切だと思っています。
(中山)
語彙の不足は塾の指導でも問題になります。「この言葉は使ったことがないからわからない」で止まって先に進んで考えようとしない生徒が増えています。学校での指導はより大変でしょう。
(黒田先生)
国語はすべて学力の基本なので疎かにできません。じっくり取り組まなくてはなりません。
(中山)
入試に関してお伺いします。初年度の入試問題を拝見すると、他校の問題もよく研究されて作られたように感じました。校長先生は何か特別にご指示をされたのでしょうか。
(里見先生)
いえいえ、私には解けない(笑)ので何も指示をしていません。私が加わったらかえって足手まとい(笑)になるでしょう。
(黒田先生)
各教科で考えて作問しました。たぶん他の学校の問題なども十分に研究した結果の出題だと思います。
(中山)
初年度の問題は模様見的なところもあり、その結果によって次年度は大きく変わる例が多いように思います。
(黒田先生)
今後も同様な傾向だと思います。各教科とも十分に手間と時間をかけて問題作りをしています。
(中山)
理科や社会は、高校で指導されている先生が作られた問題の場合、用語が難しすぎることがよくあります。淑徳与野中の問題ではそれがほとんどありませんでした。よく配慮された問題だったと思います。
(黒田先生)
ありがとうございます。ただ、生徒の状況を観て各教科で多少の手直しは必要でしょう。
(中山)
具体的な問題の作成の方針で何かありますか。
(黒田先生)
国語では記述を必ず出します。塾でたたいて伸ばした部分、ドリル部分だけではない、個々のポテンシャルが現れるような問題作りをしていくつもりです。この点ではどの教科の問題も同じです。
(中山)
最近の生徒の傾向として粘りが足りず、選択式などの簡単に解答できる形式を好みがちです。深い厚い思考力をつけるためにも記述問題を出されるのはとてもうれしいことです。
最後に校長先生から受験生やその保護者へメッセージをお願いします。
(里見先生)
偏差値にとらわれないで学校選びをしてほしいと思います。自分の行きたいところを考えてください。第1志望だけで考えるのではなく、第2・第3志望も同様です。実際に通う学校がそれらの学校になる可能性も高いわけですから。どの学校であっても、その学校のよさを感じて入試に取り組んでほしいと思います。

以上

学校風景1学校風景2学校風景3

☆付記☆里見先生は穏やかな語り口だが妥協を許さぬ強さを感じた。校舎の内外の様子からも、理想の教育を実現しようという強い意志が感じられる。開校後まだ間もない学校なので専門のスタッフは少ないが、いずれも熱意に溢れている。校舎・設備も話に出た共生やエコロジーの面以外に、使う生徒の立場を考えて機能性や安全面にも十分に配慮された斬新なものである。恵まれた環境の中で育つ生徒の今後に期待したい。
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