1999年9月20日(月)訪問:私大の雄「早稲田大学」の系属校でありながら、他大学の受験を視野に入れた、独自の指導を展開する「受験校」である。早大への推薦入学は卒業生の人数に対して4割ほどの枠になり、その枠を狙う生徒、早大にない医学部などへの進学を考え、東大などの国立大学や慶大などの他の私立大学を狙う生徒など進路に限ってもいろいろな生徒が集まっている。生徒の多様性が魅力の一つと言える学校である。学校長 堤貞夫先生、 副校長 伊藤毅先生、教頭中村秀眞先生にインタビューした。
ほくしん教務統括 中山秋子

「系属校としての早稲田中・高の現状を変えるつもりはない」

(中山)
早稲田中学・高校は100年あまりの歴史を持つ学校ですが、校長先生が就任されてから、重要視されていることは何でしょうか。
(堤先生)
現在とてもうまくいってると思う本校の教育を変えないことが第一だと考えてきました。
少子化など私学を取り巻く状況は相当に厳しいので、現状を維持することには困難なことも多くあります。 多少、消極的と考えられる かもしれませんが、当面は新しいことを打ち出すよりも現在の教育を進めていく ことを目標にしています。
(中山)
そのようにお考えになる意図をお話ください。
(堤先生)
それは教育目標と関係があります。 本校は人間教育の根本精神として 「誠」を掲げています。 これは誠意・真剣さなどにつながるもので、ひと時代前は古めかしいようなイメージでした。でも、最近の本校の生徒あるいは日本の若者にとっては非常に大切なことに思えてならないのです。だから、それに基づいて、生徒を社会に役立つ人間になるように導いていかなくてはならないと思ってるわけです。
(中山)
社会に役立つ人間の育成は大変難しいことだと思います。さきほど、学校がうまくいっているとおっしゃいましたが、その理由はどこにあるとお考えで しょうか。
(堤先生)
中高一貫教育が効果的に行われていることでしょう。 上の大学にそのまま行けるからとのんびりと過ごしているのでは、6年一貫教育の意味がないと思います。本校は早稲田大学の付属校・系属校の中では珍しい受験校です。内部進学だけでなく他大学の受験にも通用する学力を身につけるように指導します。 それが成功しているんでしょう。 「勉強面では学校の指導に任せておけば大丈夫 だ」と信頼できるから、生徒は勉強以外で自分の目指すものにも打ち込めるんです。これは中高一貫の望ましい姿だと思います。 これが変える必要がないと考える根拠でもあります。
(中山)
教育が効果的に行われているのには、特別な努力があるのでしょうか。
(中村先生)
校長が自分の学校を誉めるのは当たり前(笑)ですね。 でも、ウチの校長は大学の教授を兼ねているんで、ずっと学校で指導してきた校長と違って、学校をある程度は客観的に見ることができると思います。 われわれにとってはうれしい評価ではありますが、うまくいってるのは伝統の力が大きいと思います。 伝統的に生徒、先生には楽をして何かを成し遂げようという考え方はほとんどありませんから。
(中山)
具体的にはどういうことでしょうか。
(中村先生)
独立校から系属校に変わったときにも推薦枠を利用して楽して大学に行こうした生徒や行かせようとした先生は少なかったんです。 ですから、現在でも約4割の推薦枠しかなく、残りの生徒は他大学を受験する体制になっているんです。 でも、生徒は勉強に追われることなく、校長の言う通りいろいろなことにのびのび取り組んでいると思いますよ。
(中山)
そうですね。生徒から「行事はキツイけれどその分楽しい」という話を 聞きます。
(中村先生)
キツイというのは自分たちで企画運営するからでしょう。 今準備が進んでいる文化祭もそうですね。 ひとつのことに打ち込んでやり遂げるからこそ楽しさも大きくなると、生徒たちは良くわかっている様子です。

「ハイレベルの講習でも生徒の希望が最優先される」

(中山)
のびのびした生徒への対応で何か苦労されることはありませんか。
(堤先生)
校長として本校にやってきて以来、先生方はいろいろなことが自然にやれている感じを持ちましたね。特別に努力している感じを受けないのも良いと ころでしょう。 実際のところはどうですか、教頭先生。
(中村先生)
平均的に言えばほとんど苦労はしていないんじゃないですか。勉強 以外の面では(笑)。
(伊藤先生)
学級崩壊などいう話を聞くとウチの教師は楽だと思いますね。勉強の面では、自発的に補習授業をやる先生がかなりいます。 生徒がのんびりしている分、先生方の苦労は大きいと思います。 優秀な生徒でも慢心して勉強が遅れてしまう場合もありますからね。 システム化して強制的に実施するわけではありませんが、補習授業は学校として歓迎していますし、実際に盛んに行われていると思います。
(中村先生)
熱心に補習授業をする先生が多いのは、全てとはいえなくとも概ね、一人の先生が6年間持ち上がりで指導するからでしょう。 各教師が高3の受験時のことをよく分かっていて、生徒たちの現状を見るからでしょう。 後で大変になるのは自分ですからね(笑)。
(中山)
そうすると各教科の指導は1年単位の計画ではないわけですね。
(中村先生)
そうです。各先生が生徒の状況をみて授業を進めています。 補習授業だけではなく伸ばすための指導も行っています。
(中山)
よくできる生徒を伸ばすための特別なクラスや授業ということですか。
(中村先生)
いえ、よくできる生徒対象ではありません。 あくまでも、よくできるようになりたい生徒対象ですね。
(伊藤先生)
夏休みなど、生徒に「ハイレベルの講習をやるぞ」と呼びかけをするんですが、ハイレベルではない生徒も入っていますよ(笑)。先生は生徒を選 びませんから。
(中村先生)
「おまえは力が足りないからこの授業には参加できない」とは絶対 に言いません。 だから、逆に本当は受けて欲しいと思う力のある生徒でも受講しないこともあるようです。
その生徒の人生プランの中では中高6年の前半はゆったり過ごすことになっているんでしょうね(笑)。

「6年経つと母親の考えが大きく変わっている」

(中山)
学級崩壊に限らず、最近ことに小学校までの学校や家庭での教育が問題となっていますが、中学校の指導の現場でも不安をお感じではありませんか
(伊藤先生)
子どもの問題が起こると「勉強、勉強と子どもを追いこんでいる学校が悪い、教育が悪い」という批判が出ます。われわれも十分そのことを意識していますので、生徒が活発に活動できる行事を増やすなど、明るい雰囲気の学校 にしようと努力しています。 でも、学力をつけないと学校の責任を果たせたことになりませんからね。そのバランスの取り方に苦労しています。 「勉強ばっかりするな」と言う先生もいますし、 「勉強ができなきゃダメだ」と言う先生もいますよ。
(中山)
いろいろな考えがあると方針が定まらないのではないのですか。
(伊藤先生)
いろいろな意見があることで学校全体としてバランスがとれていることになるでしょう。学級崩壊と言うのはこのようなバランスがとれていないことに原因があるのではないでしょうか。
(堤先生)
本校では高3を卒業させた先生が、翌年には中1を担当することが多いのです。 そこには6年もの差がありますよね。 最近はいろいろな物事に対する 価値観が大きく変化している時代です。前に担当した中1の生徒やそのお母さんとは大きく変わっているのに途惑うこともあるでしょうね。
(中村先生)
校長が言った通り、お母さんの子どもに対する接し方に大きな違いがあると思いますよ。 以前は「将来に備えて逞しく育てる」ことが大切だったのが、今では「かわいがる」ことが中心になっているように感じますね。 一般的に家庭でのしつけがきちんとされにくくなってきているのかなぁと感じます。
(中山)
そのような状況で、生活指導はどのような形で行われるのでしょうか。
(伊藤先生)
私学での生活指導というのは、どうしても「横道に逸れた生徒は弾 き出す」という傾向が強くなります。「そんな生徒がいる学校には我が子は入れない」という評価をされるからでしょう。 でも、ウチでは「能力があるからはみ出したんだ」と考えて、立ち直らせる努力をします。はみ出した生徒を立ち直らせるのが本当の教育のはずですから。
(中村先生)
茶髪やピアスなどは一時期はやりましたね。 ウチでは校則で禁止す るということはありません。 「品位があるとは思えない」という話をしてやめるように自分で決めさせました。
(堤先生)
最近は茶髪やピアスを校内で見かけることはなくなりましたね。 でも、 一般的にはどうなんでしょうか。
(中山)
高校生はもちろん、公立中学生の間でもかなり見かけるようになってい ると聞き及びます。 また街でも多く見かけます。特に夏休みなど長い休暇中には 「やってみたい」と思う生徒が多いようです。

「用意周到にするのでは子どもは伸びない」

(中山)
早稲田中学・高校に対して「卒業すれば大部分の生徒が早稲田大学に進学できる」と考える生徒や保護者がまだかなりの数いるようです。今後、推薦枠を増やすことをお考えですか。
(堤先生)
先にもお話した通り、本校は現在の系属校としての立場を続けていきます。 「推薦枠が4割少しではあまりに少ない」という印象があるようですが、 現状ではこれが良いと思っています。 付属校であれば否応なく早稲田大学へ進まなくてはなりませんが、中学の入学時に将来の進路が決まっていることはほとんどないでしょう。本校で教育を受け、高3の時点で進路を決めれば良いのです。全員に他大学を狙える学力もつけます。 その内で4割の大隈精神を本当に理解した生徒が早稲田大学に入ることができるというのは、生徒や保護者にとっても良いことだと思います。
(中村先生)
早稲田大学の志望についてですが、以前は高1でも進路希望調査を していました。ほぼ全員が早稲田大学を書くんですよ。でも、実際はそんなに多 いはずがないでしょう。 高3の推薦希望では早稲田大学は約5割ですからね。だから、高1での進路希望調査はやめてしまいました(笑)。
(中山)
「努力して入ったのに推薦枠が半分にも満たないのはおかしい」と いう考えを持っている保護者もいると思いますが。
(中村先生)
確かに外部の説明会に招かれてお話してもなかなか理解されないこ とがありますね。
約4割の推薦枠というのが、付属校としても受験校としても中途半端だと思われるようです。
(中山)
1000名の受験生のどのくらいが本当に早稲田中学の特徴を知って受験しているか気になるところですが。
(伊藤先生)
早稲田大学への推薦を狙って受験する場合が多いのではないでしょ うか。 「ある時期には自分の目標に向かって頑張らせたい」と考える保護者は本当のところウチを選ばないでしょうから、難しいところです。
(中山)
早稲田大学に全入というのでは進路が狭められてしまう点で大きなマイナスになるでしょう。 学部や学科を増設するということは簡単にはできないで しょうから。
(堤先生)
私はこう考えます。 「卒業したらそのまま大学に行ける学校に入りたい」 というのであれば付属を選べば良いと思います。 用意周到にするのでは子どもを伸ばさないと思います。特に中学受験は自分の意思で学校選びをすることは少ないでしょう。その中学受験という一度きりのハードルを越えたら後は大丈夫というのでは、依存度の強い子どもに育ってしまうのではないでしょうか。 良い意味で中学受験というハードルを越えることを楽しんでもらいたいと思います。
(中山)
私達もそう願っています。 最後に受験生と保護者に対してのメッセージ をお願いします。
(中村先生)
とにかく活きのいい生徒、鍛えがいのある生徒を待っています。
(伊藤先生)
とても楽しい学校です。卒業してから良い学校だったと言って来る卒業生が多い(笑)。 ぜひ入ってその良さを知ってほしいと思います。
(堤先生)
早稲田中学をよく理解した上で入って欲しいと思います。そういう生徒を大いに歓迎します。

以上

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☆付記☆早稲田大学の教授を兼務されている堤校長は就任3年目。実際に授業を持たれていないのだが、早稲田中学・高校に対する愛着が強く感じられる。客観的で冷静な伊藤副校長、エネルギッシュで、愉快な中村教頭、3人の分担で学校運営がきちんと進められている印象を受けた。
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