2006年7月14日(金)訪問:横浜雙葉学園は横浜山手の高台にあり、小学校・中学校・高等学校を有する。1870年代に来日して活動を始めた「幼きイエスの会(旧サンモール修道会)」が開いた女子校で、日本のカトリックの女子校としては最古の学校である。周辺は異国情緒溢れる市内随一の観光地であると同時に、多くの伝統ある私立女子校が軒を連ねる文教地区でもある。進学校として高い評価を得ていることの他に、在学中の経験をきっかけにさまざな分野に進み活躍する卒業生がいるのも特色である。校長千葉拓司先生、副校長齋藤智子先生にインタビューした。
ほくしん教務統括 中山秋子

「子どもには条件付きの愛で接してはならない」

(中山)
本日はありがとうございます。
(千葉先生)
何でも聞いてください(笑)。長く話をしがちなので適当なところで切っていただけるとありがたいですね。
(中山)
カトリックの学校など、宗教に基盤を置かれている学校の校長先生からは率直なお話が伺えるので本日も楽しみに致しておりました。
(千葉先生)
ご期待に添えるかどうか分かりませんが、遠慮なくどうぞ(微笑)。
(中山)
では、早速お尋ねいたします。 最近、小学生から高校生の年代の子どもの保護者の皆さんあるいは関係している方々から、「子育ての苦労が以前と変わって来ている」というお話を聞くことが多くなりました。子どもたちを取り巻く社会の変化が大きな原因だろうと思われます。先生は変化をお感じになることはございませんか。
(千葉先生)
私も長く30年以上もこの学校に勤めていますが、それほど大きな変化は感じてはいません。
(中山)
保護者のみなさんの状況はいかがでしょうか。
(千葉先生)
子どもに対して自分の価値観を押しつけているように感じることがあります。特に受験勉強に対する姿勢はそう感じることがあります。
(中山)
どのような点でしょうか。
(千葉先生)
「自分の言うことを聞いて勉強していると、可愛がる」という傾向ですね。いわば「条件付きで愛している」ということです。
(中山)
「条件付きの愛」とはとても興味深い表現です。
(千葉先生)
親は言うことを聞かない子どもに対しては「なぜ言うことを聞かないの」「○○しなければ困ったことになるぞ」などというように叱ります。確かに「この子のため」と思って言った言葉だということは理解できますが。
(中山)
「言うことを聞く」というのが条件になっているのですね。
(千葉先生)
「愛」とは無条件で相手を受け入れることですから、それは本当の「愛」ではありません。
(中山)
それはとても難しいことです。
(千葉先生)
「この『愛』はキリスト教の愛で実際には難しい」という話を聞きますが、その際には「お子さんが生まれてきたときはどうだったのでしょうか」と答えています。何から何まで手がかかって本当にたいへんだったはずです。しかし、どんなに疲れても子どもの笑顔を見ると嬉しくなります。「自分たちの子どもとして生まれてきてくれてありがとう」と感じた、その気持ちを持ち続けることなのです。
(中山)
確かにそうです。
(千葉先生)
子どもが親から学ぶだけでなく、子どもが成長していく過程で子どもから学んで親になるのですから。
(中山)
なるほど。
(千葉先生)
親は欲張りですから、ひとつの条件がクリアできたら、また次の条件を付けてきます。子どもは親が好きですから、気持ちを察してなんとかクリアしようとするでしょう。しかし、みんながクリアできるわけではありません。
(中山)
親の期待に応えようとすることが重荷になるのですね。
(千葉先生)
みんなが「同じではない」から素晴らしいと思います。親も他との比較をしないで愛することが大切です。私たちの会は「幼きイエス会」と称していますが、子ども達はイエスのようにみな素晴らしいのです。
(中山)
そうですね。
(千葉先生)
「隣の芝生は青い」ではないけれども、他との比較で子どもを見ている親が多いのが日本の現実です。子どもはそのような親の気持ちを察しながら生きていることは残念ですね。
(中山)
このようなお話を伺うと、生徒の皆さんがこの学校でとても大切にされていると実感します。「気持ちを察しながら生きる」という点では、横浜雙葉の生徒の皆さんのようすはいかがでしょうか。
(千葉先生)
どんなことにもとてもまじめに取り組む生徒が多いですね。こちらが何気なく話したことでもしっかり受け止めて考えてくれます。時には思っている以上に大切なことと考えてくれるので、嬉しくもあり、驚くこともあります(笑)。

「親の言うことを聞かなくなるのは成長の過程」

(中山)
宗教系の学校出身者で世界で活躍されている女性が多いように思います。特にカトリック関係の方は多いように思います。学校での指導と何か関わりがあると思います。いかがでしょうか。
(千葉先生)
そうですね。緒方貞子さんや犬養道子さんなどのことをおっしゃっていると思いますが、確かに立派な活動をされている方が多いと思います。他の学校のことはよくわかりませんが、いろいろな面で子どもを大切に育てようと取り組んでいることが大きいと思います。
(中山)
学校を通していろいろと見聞する機会にも恵まれているように思います。卒業後の進路にも反映されるのではと考えています。
(千葉先生)
そうでしょう。卒業生の活動という点でとても嬉しいことがありました。昨日(7月13日)に平成18年前期の直木賞受賞者の発表があり、卒業生の「三浦しをん」さんが受賞しました。
(中山)
そうでしたね。とても嬉しいことですね。
(千葉先生)
ええ。(微笑)彼女の名前はキリスト教ではとても大切なことばなのです。そのことについて話したことをよく覚えています。
(中山)
卒業生のご活躍はとても嬉しいことと思います。横浜雙葉には落ち着いた雰囲気を持ったお子さんが多く通っている印象があります。学校選びの段階からそのように感じます。保護者もそのような生徒にしたいと望んで選んでいるのでしょう。
(千葉先生)
そうでしょうね。ただ、保護者から「期待とは違う」と言われることもあります(苦笑)。
(中山)
それはどのようなことでしょうか。
(千葉先生)
「横浜雙葉はきちんとしつけをしてくれる学校だと思っていたのに、家では親の言うことなど全く聞きません。毎日、何を指導してくれているのですか」(笑)という内容が多いですね。
(中山)
そのような場合にはどのようにお答えになるのですか。
(千葉先生)
「家では言うことを聞かないかもしれませんが、学校では言うことを聞いて取り組んでいますので、全く心配はいりません」とお答えします。
(中山)
なるほど。
(千葉先生)
中学のある時期になると、親の言うことを聞かなくなるのは当たり前のことです。家か学校かどちらかで荒れ、発散しているのであれば心配はいりません。表出する場があるからです。やがて落ち着いてきます。心配なのは家でも学校でも発散できない生徒です。他に発散する場を求めていきますから。
(中山)
確かに家で発散している限り心配はないと思います。が、度合いを測れないので、親は不安になるだろうと思いますが。
(千葉先生)
ちょうど卵から孵った蝶の毛虫のようなものです。毛虫はあまりかわいくないし、下手に触れるとかぶれたりします。だからといって、放っておけば鳥に食べられてしまいます。しっかり見守っていくことが大切です。
(中山)
毛虫から蛹になりやがて蝶になるように、子どもが大きな変化をする時期ということですね。慌てず、騒がず楽しみながら見守るのが大切なのですね。
(千葉先生)
そうです。お節介をしすぎてもダメです。蛹が羽化するときにちょっとでも触れると羽が傷つき飛び立つことができません。それと同じです。
(中山)
かねあいが難しいですね。発散した後の生徒のようすはどうでしょうか。
(千葉先生)
高2くらいになると、「先生、あの生徒の身だしなみや、振る舞いは雙葉生とは思えません」などと言ってくることが多いですね。「君たちもそうだったよ」とはもちろん言いません(笑)。そこで、「君たちが注意をしたらいいじゃないかい」と話すと、「怖くて何も言えません」だそうです。大きく変わるものです(微笑)。
(中山)
まあまあ。ほんとうに大きく変わりました。
(千葉先生)
このような状況なので(笑)保護者の方には「あまり心配しすぎないように」と話しています。横浜雙葉の生徒が素直だからということはあるでしょうが。
(中山)
ハード、ソフトの両面で恵まれた環境の中で教育が進められているからだと思います。そのような状況が分かっていることで保護者が横浜雙葉を選ぶのだと思います。
(千葉先生)
学校選びに際しては、「会社の上司や同僚の娘さんが通っていて良い評判を聞いた」というお父様の考えが大きく反映されていることが多いと思います。

「学校選びは結婚相手を選ぶのと同じ」

(中山)
学校選びというお話が出ましたので、事前面接に関していくつかお伺いしたいと思います。
(千葉先生)
確かに最近は実施する学校がなくなりましたね。
(中山)
そうです。保護者や受験生が面接を負担に感じることなどが原因で、面接自体も減っています。これからもずっとお続けになるのかどうかを、まず伺いたいたいと思います。
(千葉先生)
続けていきたいと思っています。塾関係者からは「事前面接をなくすと受験生がもっと増える」とよく言われますが、1学年90名という少人数の募集なので多くの受験生に来ていただいても残念な結果となる場合が増えるだけです。それよりも実際に受験生と保護者にお会いし、短い時間ですがお互いにお話をした上で、横浜雙葉を選んでほしいと思います。
(中山)
保護者同伴という面接の形式に抵抗があるのだろうと思います。受験生が多く物理的に難しい学校もありますが、私学が入試で面接を実施してくださるのはよいことだと思います。
(千葉先生)
面接の際に受験生や保護者とお話して私たちが感動することも多くあります。
(中山)
お差し支えなければ、具体的にお聞かせいただけませんか。
(千葉先生)
そうですね。ある受験生とそのお父様との話をしましょう。 保護者同伴の面接で、お父様から「今までに、時間をかけて子どもと接してきた」というお話がありました。ところが、受験生に尋ねると、「私は父とほとんど会ったことがありません。私が起きる前に会社に出かけ、眠ってから帰ってきます。休みの日にも疲れて休んでいたり、仕事していたりする時間が長いのです」と答えました。
(中山)
まあまあ。
(千葉先生)
私はどうなることかと思いました。お父様はとても動揺されていましたから。その時、「でも、私は父が大好きです。塾に通わせてくれ、私立中学校を受験させてくれました。これは、父が朝から夜まで一生懸命働いてくれたからできたことです。私は父にとても感謝しています」と、受験生が言いました。
(中山)
すてきなお子さんですね。
(千葉先生)
お父様は涙ぐんで「娘から素晴らしいものをもらったように思います」とおっしゃいました。私もそのようすに感動して目頭が熱くなりました。
(中山)
なかなか伺えないことをお話しいただきありがとうございました。
(千葉先生)
私は「学校選びは結婚と同じだ」と考えています。結婚相手を選ぶ際に、最初は「顔がかわいい」「姿、形が格好いい」「収入がいい」(笑)などで選ぶかもしれません。が、最終的にはそんなことでは決めないでしょう。受験も単に「偏差値が自分のレベルに近いから」「大学進学状況が良いから」などのデータとしてわかる部分だけで学校選びをしてはならないと思います。
(中山)
結婚と同じというのは面白いですね。
(千葉先生)
結婚と同じですから、生徒だけではなく保護者にも学校を好きになっていただく必要があります。学校と家庭が一致して生徒の教育に当たらなければうまくはいきません。
(中山)
そうですね。そのために何か家庭にアプローチもされるのでしょうか。
(千葉先生)
「学校では生徒の前で保護者の批判はしないから、家庭でも生徒の前で教師の悪口は言わないでほしい。もし、学校に対して不満があるならば直接に言ってほしい」(苦笑)と言います。教師と保護者が協力して教育していることを感じていることが大切なのです。
(中山)
横浜雙葉の学校と家庭の結びつきの強さを感じます。しかし、多くの場合、なかなかそうはいかないのが現実です。入学後に、「こんなはずではなかった」という思いから、不登校になる場合も多いようです。
(千葉先生)
学校にはそれぞれ文化がありますから、それを理解し気に入って入ることが大切です。自分の子どもがどの学校に向いているか、保護者の方々はよく考えてほしいと思います。
(中山)
よく考えないでデータのみで判断する傾向も目立ちます。
(千葉先生)
学校がいやになる理由は保護者が気に入らない場合が多いと思います。子どもはそれを感じています。逆に保護者がその学校が好きだから子どもも好きになる場合も多いでしょう。子どもが好きなると受験勉強へのモチベーションも高まると思います。
(中山)
本当にそうですね。

「国語ではメッセージを含んだ文章を出す」

(千葉先生)
以前、このような事がありました。 入学後にある保護者から、「先生、ありがとうございました。お忘れかもしれませんが、夏休み前に学校を訪れてお話を伺った際に、娘の手を握って『一緒に勉強できるといいね』と言っていただきました。その後の夏休みに一生懸命に勉強して学力が大きく伸びて合格できました」という話を伺いました。
(中山)
その生徒にとって先生の言葉が大きな励みになったのですね。
(千葉先生)
クラブの見学で先輩たちから「入ったら一緒にやろうね」と声をかけられたことがきっかけで勉強に積極的に取り組めた生徒もいました。そのようなことが必要なのです。
(中山)
女子校の場合、そのような例は特に多いように思います。ところが、最近は共学校志向が強まっています。現実に活躍している女性には中学・高校を女子校で過ごした場合が多いので、もっと女子校を選んでほしいと思っています。
(千葉先生)
そうかもしれません。女子校でしかできない教育もあるでしょう。また、共学校では男子に任せてやっている役割も女子が受け持たなくてはなりません。そういう点では逞しさも身に付くと思います。
(中山)
学力と逞しさを育てるには男子校・女子校へ進む方が良いと勧めるのですが、なかなか賛同してもらえません(笑)。
(千葉先生)
本校の卒業生には大学に進むと「大切にされて勝手が違う」(笑)と思う学生も多いようです。
(中山)
そうでしょうね。うわべの「女性を大切に」という対応は「本気では相手にしてもらえていない」と不満に思う場合もあるようです。私どもの卒塾生の中にも、折々そうした訴えをする女子学生がいます(笑)。次に入試問題についてお伺いします。
(千葉先生)
入試に関しては齋藤がお答えします。
(中山)
各教科とも記述を取り入れた良問を出されていると思います。ただ、中学入試全体では生徒の記述嫌いを反映してか、記述量が減っています。そうした傾向の中で、出題内容を変化させるお考えはございますか。
(齋藤先生)
最終的には各教科の担当者が決めるとは思います。が、入試問題は学校の指導の方針を示すものでもあるので、変わらないと思います。
(中山)
変化がないということで安心しました。
特に国語の出題に関して伺います。出題される文章がかなりメッセージ性の強いものが多いように思います。
(齋藤先生)
そうですね。
(中山)
出題される文章について何か基準がおありなのでしょうか。
(齋藤先生)
国語の長文問題は受験生に考えてほしいと思う内容で選びます。しかし、文章が適切なものであるかは重要です。内容や言葉遣いが横浜雙葉にふさわしくないような文章は当然のこととして避けています。
(中山)
やはりそうでしたか。ことに吟味された文章選びだと感じておりました。入試問題に接していく中で、受験生は人間力を上げていけると思います。これからもいろいろなメッセージを含んだ文章を出題してくださるとありがたいと思います。
(齋藤先生)
そうですね。
(中山)
最近の小学生は読書量が減り、言葉の力が低下した大きな原因と言われています。「中学入試の勉強がなければ勉強をしないだろう」と思われるので、難関校の国語は難しい内容を考える良い機会だと思います。 最後に横浜雙葉を受験したいと考えている受験生と保護者にメッセージをお願いします。
(千葉先生)
先ほどもお話ししましたが、中学受験で私立中学へ入るのは結婚と同じです。「この学校に入りたい」と強く思えば合格へ近づくことができます。しかし、結婚と同様に相手にも選ばれます。不合格となり別の学校に行くことになっても、保護者が「その学校と縁があった」「その学校に選んでもらった」という思いを持ってほしいと思います。適切な学校を選んで受験勉強に取り組んでください。
(中山)
本日はいろいろとお話しいただきありがとうございました。

以上

学校風景1学校風景2学校風景3

☆付記☆千葉校長の優しさの溢れる語り口は聞く者を惹きつける。生徒ひとりひとりを大切に育てていく学校の姿勢が感じられる。広く深い懐とスタッフの手厚い対応が、学校と家庭が連携して生徒を育てていると解る。それが伝統的な教育の展開を可能にしている。これからも、優しさと強い意志とを兼ね備え秀でた教養をもった女姓を数多く送り出してきた教育が受け継がれていくことと思う。
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