「浅野の姿勢は校長が替わっても全く変らない」
(中山)
前回(1999年11月)の石橋前校長先生への取材では当時教頭の淡路先生からもいろいろ
なお話を伺いました。その後、校長に就任されていかがでしたか。
(淡路先生)
教頭になって短時間で校長に任命されたもので、まだ石橋前校長から教わらなくてはならない
ことが多かった状態でしたから、多少は戸惑いもありました。校長になってから、浅野の伝統
に支えられた教育を続けていくことの大切さをいっそう強く感じています。
(中山)
浅野の伝統ということですが、それはどのようなものなのですか。
(淡路先生)
「九転十起」という言葉に基づく教育です。社会の基本は人です。その、人を育てるのが浅野
の教育です。教育というのは育てることです。自分が強く逞しく生きることと他者を生かすこ
とを6年かけて教え育てていくことです。今、時代の要請の中で、ますますその教育を向上さ
せていくことが必要だと考えています。
(中山)
従来の浅野の教育をさらに発展させていこうというお気持ちがわかりました。
(淡路先生)
いろいろなところで「校長が替わって浅野はどう変わるのか」と聞かれるのですが、「校長と
いう『人』が替わっても浅野という『学校』は全く変わりませんよ」(笑)と答えています。
(中山)
充実させるということで新しくお始めになったことはありませんか。
(淡路先生)
時代の変化に応じてということで、学校の特色をいろいろな機会を通じて知っていただくとい
うことを強化しています。具体的には情報の発信を進めていこうと考えています。今までは指
導など内部的な質の向上を進めていくのが中心でした。これからは両方に力を入れようと考え
ています。教頭と力を合わせて取り組んでいこうと思っています。
(中山)
すでに具体的になったことはありませんか。
(淡路先生)
まず、従来の入試説明会に加えて学校説明会を設けて、教育理念や教育方針、実際の教育の状
況などを知っていただけるようにしました。今後もいろいろな方法を採っていきたいと考えて
います。
(中山)
情報公開に関しては伝統校は概して苦手ではないかと感じています。このような取り組みは淡
路先生が教頭だったころはいかがでしたか。
(淡路先生)
これからは積極的に発信をしていく時代だろうと前校長と話して計画していました。それまで
は各塾に出かけて行って説明することはしていました。ですが、学校としてはもっと発信をす
べきだろうという考えがありました。
(中山)
それが具体化されたわけですね。
(淡路先生)
そうですね。これまでは、浅野の伝統というか遅れというか「当たり前のことを当たり前にや
っておれば自然と伝わっていくだろう」という考えはありました。それが徐々に変化してきた
ということです。このポスターなどもその一つです。
(阿部先生)
これが生徒や保護者に配布するものです。各塾にはポスターを掲示してもらうように頼んでい
ます。
(中山)
オープンキャンパスのような試みはいかがですか。
(阿部先生)
検討中ですがノウハウが十分ではないので実施できずにいます。将来的には実施したいという
希望はあります。
(中山)
浅野では当たり前のことを当たり前にやるとおっしゃいましたが、それについて詳しくお話く
ださい。
(淡路先生)
そうですね。中学生らしい中学生、高校生らしい高校生になるように指導していくと言っても
良いでしょう。
(中山)
簡単におっしゃいましたが(笑)、実際にはかなり難しいのではないでしょうか。
(淡路先生)
そうですね。中1に入りたての生徒はまだ小学生の尻尾を持っています。それをうまい具合に
断ち切ってやらなくてはなりません。日々の授業や学校行事、クラブ活動などの場を通じて、
浅野生に変えていきます。
(中山)
小学生の尻尾とはおもしろい表現です。それを断ち切っていくとはどのようなことをおっしゃ
っているのでしょうか。
(淡路先生)
まず自分のことは自分でやらなくてはならないことを学ばせます。しかし、実際には自分のこ
とを全部できるわけはありません。他人の力を借りなくてはならないということも同時に学ん
でいくのです。それは相手の気持ちを考えることにもつながります。
「生徒の成長の様子をつぶさに見ていかなくてはならない」
(中山)
相手の気持ちを考えるというのは最近の子供たちの苦手な部分ですね。それを指導するには先生
方の力が高くなくてはなりませんね。
(淡路先生)
そう思います。教師は個々の生徒をクラス全体の中の一人としてではなく、一人一人の成長の様
子をつぶさに見ていかなくてはなりません。だから、本校では個別の成長記録をつくり教師がに
記入するようにしています。
(中山)
一人の生徒の状況をすべての担当者が見ていくことがシステムとして行われているのはすごいこ
とです。
(淡路先生)
教師は父母の立場にもなって生徒を指導しなくてはなりません。1学年270名だからといっ
て270分の1の指導ではなく、1分の1の指導をしなくてはならないと話しています。
(中山)
なるほど、1分の1の指導という言葉から浅野の取り組みの一端がわかりますね。
(淡路先生)
学校行事やクラブ活動を通じての体験も重要です。
(中山)
前回のお話でも学校行事やクラブ活動が重要であるというお話がありました。
(淡路先生)
特にクラブ活動の場で先輩たちが後輩たちを上手に指導しているように思います。面倒をよく見
て引っ張る上級生とそれを見習いついていく下級生の関係はうまくいっていると思います。
(中山)
それは良いですね。
(淡路先生)
本校のクラブ活動で重視することに「勝つことへのこだわり」「挫折の体験」などがありま
す。「勝つために自分が何をすべきか」をみんなが意識しているとまとまりも強くなります。さ
らにその結果として負けることでも得られることが多くなるでしょう。
(中山)
なるほど。最近の公立中・高などではクラブ活動の多くが「仲良しクラブ」風になっています。
団結して何かを成し遂げようとする勢いがなくて残念だと思っています。
(淡路先生)
そのようですね。そのような活動の成果でしょうか。運動クラブに所属していた生徒の大学合格
率は実に良いと思います。この資料は学校説明会で配ったものですのでお渡しします。
(中山)
ありがとうございます。これを見た保護者の方々の反応はいかがでしたか。
(淡路先生)
「クラブ活動をしていると必ず難関大学に入れるんですね」(笑)というように質問されること
もあります。返答にちょっと困ってしまいますが。
(中山)
これだけの実績を見せられると本当にそう思うのかもしれませんね。6年間活動を続けてきた課
程も重要なのではないかと思います。
(淡路先生)
入学当初、お母さん方は学習面にばかり目を向けがちです。が、クラブ活動に対する姿勢なども
次第に浅野生のお母さんに変わります。上級生の保護者から「浅野の活動はこうなのよ」と
か、「浅野の教育はこうなのよ」と聞く機会も多いですからね。
(中山)
良い関係ですね。
(淡路先生)
謙虚で素直な子ほど学力も伸びます。何かを成し遂げていくためには、わがままを抑えることが
できるよう、自己意識を高めることがとても大切だと思います。クラブ活動もそのような点で重
要でしょう。
(中山)
それは家庭での対応にもつながると思います。対応のポイントは何でしょう。
(淡路先生)
しっかり叱りしっかり褒めることですね。ダメなところは自分で壁を作って我を抑えることがで
きるようになれば良いでしょう。
(中山)
長い間生徒たちと関わっていらしゃって生徒の変化をお感じになりませんか。
(淡路先生)
気質は変ってきたと思いますね。昔はいろいろな発想、中には突拍子のないものも飛び出してく
るので歯止めをかけなくてはならないこともしばしばでした(笑)。でも最近はそうはいかない
ですね。
(阿部先生)
だからいろいろと教えて考え方をふくらませる指導が大切ですね。私は国語の担当ですが、最近
の生徒たちは経験が不足しているせいか、授業中の言葉の遣い方なども気になることがありま
す(苦笑)。中1あたりだと「これをノートにとりなさい」と教師が指示しても「いやだ」など
と言います。言い直させると「いやだです」(笑)と言います。
(中山)
まあまあ。きちんと教わる機会が減っているのでしょうか、思いがけないことで知らないことが
多くなっていますね。
「私学には公立に比べ高い授業料に応じた結果を出す責任がある」
(中山)
前回の取材の折りに週5日制への移行が課題であるというお話もありましたが、その後どのよう
になりましたか。
(淡路先生)
取り止めました(笑)。これからもずっと週6日制でいきます。
(中山)
やはり授業時間が足りなくなるという問題があるのですか。
(淡路先生)
そうです。それに授業時間を維持するためにクラブ活動など、放課後の活動時間が制限されてし
まいますので、効果がないと思います。
(中山)
公立小・中の生徒は土曜日に何もすることがないので家でゴロゴロという状況になっているとい
う指摘もあります。
(淡路先生)
受け皿がないままに見切り発車のような形で実施したことに問題があるのでしょう。大人でも会
社が週休2日になっても土曜日にはほとんど家でゴロゴロしていただけでしたね。土曜日の使い
方がうまくなってきたのはようやく最近になってからでしょう。まだ機が熟したとは言えません
ね。
(中山)
その他の指導面での変化はいかがでしょうか。各方面から新指導要領の影響も指摘されています
が。
(淡路先生)
新指導要領への対応はほとんど考えていません。本校は卒業時に生徒の希望通りの大学へ送り出
してやることが大事ですから、必要な内容はしっかり指導していこうと考えています。
(中山)
入学する生徒の学力への影響も指摘されていますが。
(阿部先生)
確かに下がっていると感じることがあります。ただ、指導要領の影響だけでもないでしょう。
字面だけを見て心情を考えないような答えが高校生でも目立つようになりました。そのような生
徒でも受験に向けて力はつけていきますが。
(中山)
国語力の低下は深刻だと思いますね。
(阿部先生)
言葉は知っていてもそれがどのような意味で遣われているかはあまり考えないですね。社会科で
とても難しい用語などは難なく答えているのに、別の場所ではその言葉が遣えないことは気にな
ります。
(中山)
私立中、特に浅野中のような難関校を受験する生徒だから遣えると思います。実際、私立中を受
験しない生徒は社会科の基本用語などもほとんど分らず、教科書を満足に読むことができない現
実があるようです。
(阿部先生)
なるほどそのような状況なのですか。もう1つ、新指導要領の情報の授業に関しては問題を感じ
ます。先日、教育実習に訪れた学生たちと話した際に、「授業にパソコンを取り込むことは問題
がある」という意見が出てきました。「家に自由に使えるパソコンがある生徒とそうでない生徒
とでは最初から差ができてしまう。国が格差を広げるような指導内容を作ってよいのか」という
ものでしたね。
(中山)
同感ですね。私どもの塾では生徒にパソコンで作成する課題も出しますが、生徒の状況はまちま
ちですね。大人顔負けの技術を持つ生徒もいればキィボードという言葉、フロッピーディスクの
使い方などもわからない生徒もいます。学校ではスタートの段階で大きな差がありすぎて授業そ
のものに意味がなくなってしまうのではないかと危惧しています。
(阿部先生)
ただ、本校では新指導要領への対応よりも大学入試の科目変更に対する対応が大きな課題です。
(中山)
中心は医学部の理科3科目への対応ですか。
(阿部先生)
もちろんそうですが、それだけではなく受験に向けた学力を高めることを考えています。従来か
らあるもの以外に高校生の夏休みに全員必修の授業を設けることにしました。いろいろな教師か
ら授業を受けることで刺激にもなるでしょう。
(中山)
いろいろな授業を工夫されているのですね。学費面での保護者の負担はどうなっているのでしょ
うか。
(淡路先生)
本校は学費はあまり高くないほうです。それでも公立校とは授業料が違います。高い授業料を頂
いている以上、私学にはそれに見合う結果を出す責任があります。大学受験で生徒の希望を叶え
ることは学校の責任のひとつです。
(中山)
そうですね。さらに指導が充実されることを期待します。
「がんばって勉強した結果が反映される出題を考えている」
(中山)
その他、指導上での変更点はありませんか。
(淡路先生)
総合学習的な授業として、いろいろな体験をさせます。中1では各教科で物ごとの調べ方を指導
したあといろいろな課題に取り組ませます。
(中山)
どのような内容なのでしょうか。
(淡路先生)
国語では図書館の利用法、社会や理科では博物館の利用法、数学ではデータの処理法などをまず
教えます。その後、各教科で準備された課題に取り組むものです。体育科のスポーツの歴史など
を調べる課題は面白いものでしたね。
(中山)
いろいろな面白い内容を用意されることで教科に対する見方が変わってくるかもしれませんね。
生徒諸君が積極的に臨んでくれると実に効果的でしょうね。
(淡路先生)
そうですね。良い影響を期待しています。
(中山)
入試問題についてお伺いします。近い将来、出題傾向を変えるおつもりはありませんか。
(淡路先生)
しばらくは変えるつもりはありません。今まで通りの出題傾向でいきます。
(中山)
他の難関校の場合、記述力や応用力を重視した出題が多いと思います。浅野中の出題は記述が少
なく、また標準レベルの出題が多いように感じます。
(淡路先生)
それは本校の出題の基本方針です。小さいときから、多くの子どもたちは小3ぐらいから進学塾に通うなどして、受験勉強を続けてきているはずです。そのような受験生が「全く解けなかった」と思う問題は出したくないのですよ。
(中山)
それはどうしてですか。
(淡路先生)
「九転十起」の教育理念に基づいています。がんばったことを全く無駄に感じてほしくないので
す。仮に70%が合格点で60%取れたという感じがあれば、「もう少しだった、あと少しがん
ばれば合格できた」という気持ちになれるのではないかと思います。受験ということだけ考えて
も中学受験は最後ではありません。目標を決めてまた受験する際に今度はその「あと少しの努力
」をしてほしいと思っています。
(中山)
わかりました。そのような配慮があるのですね。
(淡路先生)
合格発表後、不合格だった受験生のお母さんからお電話を頂くことがよくあります。
「息子は『ずっと浅野に入りたい』と思って勉強をし、学校にも何度も伺いました。でも不合格でした。どのようにして慰めてやればよいのでしょうか」という内容です。その際にも「努力したことを褒めてあげてください。中学受験で浅野を目指してがんばったことは、本人にとってすばらしい経験だったはずです。今回は残念なことでしたが将来必ず活かすことができますから」とお話するんです。慰めにはならないかもしれませんが、私たちはそう信じています。
(中山)
志望動機の記載も続いていますが、これも何かお考えがあるのですね。
(淡路先生)
浅野で何をしたいのか、その目的を持って入学してきてほしいのです。入学者すべてのものを読んでから担任教師に渡します。面白い目標を持っている生徒は入学式で紹介しています。
(中山)
今年はどのようなものを紹介されたのですか。
(淡路先生)
珍しいことに古生物学者になりたいという生徒が2人もいましたので、それで紹介しました。
(中山)
わかりました。入試の問題に戻りますと、記述を増やしてほしいという希望があります。実際、入試で出されないとほとんど記述する機会がないので、特に難関校の入試問題には記述問題を希望しています。
(淡路先生)
採点基準が曖昧になりやすいので長い記述は難しいかもしれません。
(阿部先生)
生徒によっては思いがけない方向から答える場合があります。それに対応することが大切ですね。
(中山)
実際にそのようなことが起こった場合、どのようになさるのでしょうか。
(阿部先生)
事前に採点基準を決めてあるのですが、それが当てはまらない場合は急遽集まって採点基準を検討し再度作ります。記述については、以前にやや長い記述を出題することがほぼ決まったことがあったのです。が、そのときはいろいろな事情で取りやめになりました。
(中山)
それは残念です。保護者や生徒によっては「記述が多い」という理由で受験校から外す場合があることも現実です。ですから一層心配になります。
(阿部先生)
おっしゃるように国語の教師としては記述の機会を多くしたいとも思うのですが、今後の検討課題ですね。
(淡路先生)
浅野の目指す指導がよく伝わる問題を作りたいと考えています。
(中山)
「これぞ、浅野」という出題を期待しています。
以上
(
学校風景1、
学校風景2、
学校風景3)