2004年6月26日(金)訪問:獨協埼玉中学・高校は東京都文京区の獨協中学・高校の兄弟校である。周辺は急速に宅地化が進んでいるが、まだまだ恵まれた自然環境にある。設立当初から男子高→共学高→共学中高一貫校と次第に発展してきた。埼玉県南部で私学志向がが強まる中、2001年に中学の募集を始めると首都圏有数の受験生を集める人気校となった。高校からの入学生は獨協大学への内部進学希望者も多いが、中学での入学者は他大学志向が強い。今後の動向が注目される。学校長石井征次先生にインタビューした。

ほくしん教務統括 中山秋子

「中学生にはしつけも行う」

(中山)
2001年の中学開校時から数多くの受験生が集まり、順調なスタートをお切りになったように思います。
(石井先生)
お蔭様で数多くの受験生を迎えることができました。特に初年度の入学生はいわゆる「歩留まり」がわからず(苦笑)、入学者が定員を大きく上回り5クラスでのスタートになったほどです。
(中山)
埼玉県南部で私立中高一貫校へ期待が高まっていました。とても良い機会を選ばれたと思います。この中学開校に当たって、どのような方針をお立てになったのですか。
(石井先生)
中学開校は2代前の校長時代に具体化しました。当時、校長は獨協の大学教授で、私は教頭として参画しました。
(中山)
その頃はまだまだ高校受験の占めるウェートが大きかったように思いますが、実際にはどのような状況だったのですか。
(石井先生)
確かに本高校はかなり優秀な生徒が集まる学校でした。一般的な偏差値で言えば65から70の生徒で、公立中学校では良くできる生徒の集団ですね。ただ良い子どもたちなんですが、「指示待ち症候群」と言われるような状況の生徒もいました。
(中山)
その状況を打ち破ろうというお気持ちもあったのですね。
(石井先生)
そうです。指導の中で自分たちで発想していける生徒を育てたいと取り組んできました。当然、新しい中学校でもその点は重要視しています。
(中山)
「指示待ち人間」が多かったのはどのような原因があったのでしょうか。
(石井先生)
当時の公立の小・中学校では、今とは違って頭から爪先までコントロールされていたように思います。それが原因でしょう。逆に良い点もあったのですね。
(中山)
それはどのようなことでしょうか。
(石井先生)
本校は長い間、服装検査などの細かい生活指導をしなかったのです。きちんとしつけられていた(笑)生徒が多かったのです。今はそうはいかない。やりたいことは何も考えずにやってしまう。だから、細かい生活指導も必要なんです。当初、中学校で目指した教育とは違う部分も生じてしまいましたね(苦笑)。
(中山)
それは小学生までの間に身につけておいてほしいものが欠けているということでしょうか。
(石井先生)
そうですね。子どもの数が減ってきたことなどで、生きていくのに必要なものが簡単に手に入るようになりました。だからでしょうか、我慢ができないことが目立ちますね。
(中山)
我慢ができないという指摘はいろいろな学校の校長先生からもありました。
(石井先生)
何が善いことで何が悪いことか、そのジャッジメントができない生徒が多いと思います。まずは日常的な約束を守るように指導しています。
(中山)
厳しく指導なさるのでしょうか。
(石井先生)
しっかり指導します。しかし強制力を使って守らせるということはしません。本校では開校以来ずっと「説得主義」を守っています。
(中山)
説得ですね。生徒が納得するまで繰り返し説得するには忍耐力も必要でたいへんなことかと思います。ご苦労が多いのではないでしょうか。
(石井先生)
いいえ。中学生は問題がほとんど無いし、素直に受け入れてもくれます。しかし、高校生はなかなかたいへんですね(苦笑)。生徒への説得も大変ですが、保護者を説得して協力していただくのがもっと難しいですね。
(中山)
保護者の価値観が以前よりずっと多様化しているように感じます。
(石井先生)
叱り方をみると、普段の保護者の関わり方がわかります。当たり前のことが当たり前ではなくなっています。親が変わったので子どもも変わったのですね。
(中山)
学校で、守るべき当たり前のことを指導されているのですね。
(石井先生)
いや、本当は服装検査など学校がやるものではないでしょう。やる必要がないのが理想ですが、現実的にはやらざるを得ないのです。獨協の目指す理想の教育からの後退ですから残念なことです。
(中山)
中学校の頃からきちんと指導しておけば大丈夫でしょう。
(石井先生)
中学生の頃は良いのですが、高校生に進むとうまくいかない可能性もあります。高校生を見ているので「あのようにしたい」という気持ちはあると思います。

「絶対に懲罰主義で対応したくない」

(中山)
何か高校生の様子で気になることがあるのですか。
(石井先生)
高校には「茶髪」も「短いスカート丈」の女子生徒もいますから、「高校になったらあんなふうにしたい」と思う生徒もいると思います。
(中山)
高校では髪を染める生徒が多いのですか。
(石井先生)
最近は少なくなりましたがやはりいますね。ただ、髪に限らず、生徒が何か変わった様子をするようになるのは何かのシグナルを発している場合です。それに合わせて指導することが必要ですね。
(中山)
確かにそうですね。外見の変化とその影響を考えることも大切ですが、生徒の内面の問題を解決する必要がありますね。
(石井先生)
中学・高校の女子生徒の場合、仲の良い生徒に合わせてしまう傾向が強くあります。仲間はずれになることを怖れるあまり、リーダー格の生徒に合わせてしまうのです。
(中山)
最近はことに善いか悪いかをあまり判断せず行動する生徒が多いようです。
(石井先生)
そうですね。高校生ですが、夏休み明けにひとりの生徒がすごい金髪にして学校にやって来たとことがありました。一気に広まってしまいました。気が付いたら学校中が真っ茶の髪の毛になった感じがしました。実際はそんなに多くはなかったかもしれませんが、印象が強かったですね。
(中山)
最初に髪を染めた生徒はどのような生徒だったのですか。
(石井先生)
英語がとてもよくできる生徒でした。だから影響も大きかったのでしょう。その子の家には夏休みにアメリカ人がホームステイにやってきていていました。それで自然に金髪にしてしまったようです。
(中山)
なるほど。
(石井先生)
本校で成績の良い生徒は獨協大学の外国語学部英語学科に進むことが多いのですが、その生徒も推薦入試の時には自分できちんと黒く染めて行きました(笑)。
(中山)
きちんと考え、場所をわきまえて自分の姿を変えることができるのだと思います。髪を染める生徒に対してどのような方策を採られたのですか。
(石井先生)
何とかしてなくさなくてはならないと考えて対策を考えましたが、やはり基本的には説得ですね。
(中山)
校則で厳しく規制するという方法はお考えにならなかったのですか。
(石井先生)
考えませんでした。実は県の機関にも相談したりしたのですが、はっきり懲罰主義で対応する方向性だったのです。「獨協では絶対に同じような方法は採らない」という気持ちもあったのです(笑)。
(中山)
他の学校で行われていた対応はどのようなものなのでしょうか。
(石井先生)
1つは、スリーノックアウトという、指導の回数によって処分を重くする方法です。まず3日の短期停学、次は1ヶ月の長期停学、最後は退学という方法です。他には校門でチェックをして中に入れないというロックアウトという方法です。「これですぐに無くなるよ」という話だったのですが、絶対にやりたくなかったですね。
(中山)
説得によってなくすのは本当に難しいことだと思いますが。
(石井先生)
規則通りに茶髪を認めないということを生徒に伝えると、リーダーの女子生徒たちが集会を開いて、代表者が校長室まで押しかけてきました(苦笑)。
(中山)
「自分たちの髪だから自由にしてなぜ悪い」ということですね。
(石井先生)
そうですね。生徒達には「茶髪などということより、別なことにエネルギーを使ってほしい」と言いました。自由に何をやっても良いというわけではない。周囲が自分をどのように見ているかも気にしなくてはならない。大人として一人前に生きていくにはそのような体面も考えることも大切なんだ。などと話をしました。大部分の生徒は納得しましたね。
(中山)
それでなくなったのですか。
(石井先生)
いえいえ、一番先頭に立っていた生徒はそのままでしたので、毎朝校門に立って説得し続けました。ある日突然、その生徒が髪を黒く染め直してきたので、思わず「ありがとう」と言ったら、Vサインを出して通り過ぎて行きましたよ(笑)。
(中山)
それはとても面白いお話ですね。

「学校生活のいろいろを経験をさせる」

(中山)
主に高校での生活指導という点から生徒の生の様子を伺いました。なかなかお話いただけないような内容のお話もいただき、伺った甲斐があったと感謝しております。そのような経験を生かされて、中学ではどのような方針で指導が行われているのでしょうか。
(石井先生)
中学生の時期は肉体的にも精神的にも大きな変化を遂げる時期です。生徒がその変化をうまくできるようにするために、学校は安全で、のびのびとして、楽しい場所であるべきだと考えています。
(中山)
生活環境や学習環境の整備にも気をお配りになったのですね。
(石井先生)
そうです。その中で挫折体験も含めていろいろな経験をすることで、生徒は変化していけるのです。それに加えて私学の義務として学力をつける指導も重要です。6年間のステップを考えて、中学の時期に必要な基礎的な学力をきちんと付けなくてはなりません。
(中山)
授業のしくみはどのようになっていますか。やはり主要教科を重視するというお考えですか。
(石井先生)
週6日制で、授業時間数では英語・数学・国語を重視しています。しかし、教科以外も重要ですから、7時限めの授業はしません。朝8時頃に生徒の多くが学校に来ます。家を出てからの時間を考えると、午後4時、5時という授業は避けるべきです。午後3時以降は子どもの時間ですから、クラブ活動や行事を満喫してほしいと思います。
(中山)
生徒の活動の様子はいかがですか。
(石井先生)
満喫している点は素晴らしいと思います。文化祭もずいぶん前から燃えてやっています。高3になって積極的にやるのでどうかな(笑)と思うことはありますが。実際、大学生のものに比べると大したものではないのに、大学生になった卒業生が大勢来ます。「卒業してから高校の文化祭にくるような、つまらん大学生をするんじゃない(笑)」などと私に言われて笑っていますが。
(中山)
卒業後でも高校での生活を懐かしがって来るのはとても良いことだと思います。
(石井先生)
確かに学校が競争的な環境でないので楽しい思い出を持っているのでしょう。
(中山)
教科指導の面ではどのような特色があるのですか。
(石井先生)
先ほども話した通り、中1から基礎学力を徹底的につけるように指導します。しかし、数学や英語などでどうしても差が付いてしまいます。そこで、週に2日補習日を設けています。生徒によってはそれでは足りず朝補習などを加えてほぼ毎日になる者もいます。
(中山)
それほどの補習を行うのは生徒にも先生にも大きな負担になりますね。
(石井先生)
そうです。ただそうまでやってもやはり差は残ります。今年(2004年)、初めて中学からの内進生が高校に進んだのですが、全体として上位を占める生徒も多い反面、下位の生徒の大部分も占めてしまう状況です。とても残念なことですが。
(中山)
それは高校でも募集を行う中高一貫校に共通する状況です。トップ校と言われる進学校でも、補習を受けたり補習塾に通ったりする必要がある生徒がいます。
(石井先生)
本校では知識の流し込みはしないことも関係があるかもしれません。中学では特にその方針を徹底しています。「なぜそうなるのか」「どうしてこの結果になるのだろうか」と試行錯誤を繰り返す帰納的な学習を進めています。
(中山)
定評のある語学指導でも覚えるということを強調されないのですか。
(石井先生)
英語では、聴く、話す、読む、書くという順序で身に付けていく学習をしており、中2くらいに教室で英語で話する生徒たちもいます。基本的には教科書の先取りはせず、内容を濃くするようにしています。
(中山)
逆に知識を徹底的に習得させる方法を採用すれば差は縮まるとお考えにはなりませんでしたか。
(石井先生)
そうはいかないでしょう。どんな方法を採っても皆を同じように伸ばすことはできないと思います。
(中山)
期待したように伸びる生徒とそうは伸びない生徒との違いは何でしょうか。
(石井先生)
受け身の勉強をしていることが大きいと思います。入試で同じような成績だとしても、早い時期から受験勉強を一生懸命やってきて本校に入ってきた生徒はそこで満足してしまいがちです。勉強での成功経験が乏しいので、学校の生活で勉強する楽しみを見出せないでいるのではないでしょう。
(中山)
塾の指導にも問題がありそうです。
(石井先生)
塾と学校とでは指導の目的が異なるから仕方がないのでしょう。本校で流し込みの知識重視の学習をしなかったので、大学では評判が良いのです。大学の教授と話をしても、「獨協埼玉の出身者は入試の成績は大したことがない(笑)が立派な研究をしたり重要な仕事をしたりして活躍する学生が多い」と言われます。
(中山)
教えた教師として、それはとても嬉しい評価だろうと思います。

「中・高の時期にはいろいろな内容に取り組ませたい」

(中山)
クラス編成など、具体的な指導システムについてお伺いします。
(石井先生)
本校では基本的に学力別のクラス設定をしませんし、高校でもコース別のクラス編成はありません。中学では言うまでもないことですが、高校でもできる限り全員に同じ進度で同じ内容を学ばせようとしています。
(中山)
他の学校では進路別コース制や習熟度別クラスを採用して進学実績を伸ばしている例が多く見受けられますが。
(石井先生)
確かに埼玉県の私立高校はほとんどどこでも同じようなコース制を採って、その中でどんどん競争的な方策を導入しています。確かに短期的には無駄が少ない分だけ学力の伸びは望めるかもしれませんね。
(中山)
同じ方法は採りたくないというお考えですね。
(石井先生)
そうですね。今までの指導の方針でも卒業後に伸びる人間や社会に役立つ人間を送り出せたように考えています。英語・数学では習熟度別の授業を採り入れています。また、高3段階では大幅な選択制を採り入れています。ですが、習熟度別クラスや特進クラスは、いろいろなタイプの人間どうしの関わり合いが大切な時期にはどうだろうかと思いますね。これから検証していかなくてはならないでしょう。
(中山)
子どもの数が減ったために他人との付き合い方を知らないことも多いようですね。関わり合いがうまくいかないために起こったと思える事件も見られます。
(石井先生)
確かにそういうこともあるでしょうが、指導がしやすいからというクラス編成は排除の論理に基づいているように感じるので、教育に携わる者としてやりたくない気持ちが大きいですね。
(中山)
なるほど。
(石井先生)
私は生徒に大学への現役進学にはそんなにこだわる必要はないとアドバイスしています。本当に実力が付いていれば、たかが1年の遅れぐらいなんともなるのです。一般企業で終身雇用の仕組みが崩れているのだから、勤務年数の差など気にしなくても良いのです。
(中山)
そうかもしれませんね。
(石井先生)
大学で将来何をやりたいか、やっていけるか、を見つければ良いのです。大学はモラトリアムの時期で、やりたいものを見つけ力を伸ばしていく時期なのです。入った学部が間違っていたと思えば、転部や学士入学などいろいろな方法も用意されていますよ。
(中山)
わかりました。そのようなことを考え実行できる土台を築く指導をなさりたいのですね。
(石井先生)
理想はそうですね。将来を見据えれば入試で役立つ教科だけを勉強するのでは問題だと思いますが、現実には数学や物理に関心のない生徒も多く、必修授業では組めません。主に獨協大学への内部進学者のためと考えて選択科目に教養的なものや大学の内容に近い専門的な講座も設けています。が、そのような科目は受講生が少ないですね(苦笑)。以前は科学系の講座を受けてびっくりするような立派なレポートを出した英語学科進学者もいたのですが。
(中山)
それは残念なことですね。
(石井先生)
誰もが現実的な面、自分に関わりのある狭い範囲だけを見ているのは気になりますね。
(中山)
そうですね。これからの予定として、長い期間をかけてじっくり教育していくために、最終的には完全な中・高一貫指導にするということはないのですか。
(石井先生)
現時点ではありません。将来はどうなるかわかりませんが、私は1学年200や300ほどの少人数で6年間過ごすということが良いとは考えていません。各段階でいろいろなタイプの生徒が混じることが大切だと思います。それに完全な中・高一貫指導は始まったばかりで、人間形成の面で良い結果が出るとは検証されていませんから。
(中山)
なるほど。では、最後に入試についてお伺いします。初年度からたくさんの受験生を集めて、第1回入試は日曜日に実施されてきましたが、これからも同様ですか。
(石井先生)
来年(2005年)の入試から変更します。駅前が狭いので周辺の方々にご迷惑をおかけしたので、日曜日の入試にこだわっていました。今後は入試も落ち着いてくるので平日でも大丈夫だろうと考えています。
(中山)
入試問題についてはいかがでしょうか。算数はかなり難しくなったように思いますが、国語は記述が少なく物足りない印象も受けます。
(石井先生)
第1回の入試は少し難しくしました。合格発表までに時間が少ないので採点しやすい形式になってしまいます。今後も検討していきます。ただ、第2・3回については、受験生や保護者の皆さんの気持ちを考えて、あまり難しくはしないつもりです。
(中山)
採点基準が問題になるでしょうが、昨今の受験生の国語力低下を思うと、設問を減らして記述の量を増やしていただければありがたいと思います。算数も易しいもの、より難しいものを組み合わせて出題してほしいと希望します。全体的な難しさを上げるよりも深く考える力のある生徒ならば解ける問題を何問か出していただけると嬉しいと思います。
(石井先生)
ご希望は出題者にも伝えましょう。
(中山)
最後に受験生へのメッセージをお願いします。
(石井先生)
獨協埼玉中学校ではいろいろな体験ができる環境を用意しています。体験を積み重ねながら大きな人間になろうと志す生徒は是非来てください。

以上

学校風景1学校風景2学校風景3

☆付記☆ 石井校長は教育者として熱い思いを抱かれて、学校の日常的な諸々も率直に語られた。ことばの一つ一つに、生徒たちを温かく見守られている様子が伺えた。熱心な教職員に支えられて、理想とされる教育が進むことを期待している。
独協埼玉URL