「新校舎は生徒の意見を取り入れて造った」
(中山)
この学校訪問「校長先生に聞く」は、中学受験を希望する生徒や保護者に、生の正しい情報を伝え、より良い受験をしてほしいと考え取材しています。本日も校長のお人なりを出来るだけたくさんお聞きしたいと思っております。情報の公開について、どのようにお考えでしょうか。
(木内先生)
率直なところ、言葉というものは受け取る側の考えでどうにでもとられる危険があると思いますよ。ことに、文字になった場合難しいことが生じかねないと思います。それを心配して、立て前と本音を分けて話す方が当たり障りがないということもあるでしょうね。
(中山)
当たり障りのないお話ではなく、今日は是非先生の率直なお話を伺わせて頂きたいものです。
(木内先生)
さて、どうなりますかな。生徒たちには私の話は評判がいいのですがね。
(中山)
期待しています。校舎の外観や、門を入ってすぐのエントランスはお城のようですね。江戸川女子の校舎は、全体の造り方が従来の学校のイメージとは異なった素敵な校舎だとの評判です。これは生徒さんの希望を採り入れた結果なのでしょうか。
(木内先生)
そうです。校舎を建て直すときに、生徒や卒業生に「どんな校舎が良いだろうか」と尋ねたのです。その時の生徒たちの意見がきっかけで生まれたものです。
(中山)
どのような意見だったのですか。
(木内先生)
「ヨーロッパのお城のような校舎が良い」というものでした。なぜかと聞くと、「私たちはお姫様になりたいから」(笑)というものでした。
(中山)
なるほど。おもしろいですね。その時にどのようにお感じになりましたか。
(木内先生)
正直言って、「おいおい、本当かい」というところだったのですが、「先生が王様になれば良いから」というので、「それも良いか」と思いました。(笑)
(中山)
大胆な(笑)意見を採用されたわけですね。お話を伺っておりますと生徒の皆さんはずいぶん親しく木内先生に話しかけていらっしゃるように思われます。
(木内先生)
そうです。その時も「じゃ、お城には女王様も必要だが、そちらはどうするんだ。学校にはいないじゃないか」と問い返すと、しばらく考えて「そう、いませんね」(笑)だそうです。遠慮なく話をしますね。
(中山)
みなさんとても楽しそうですね。
(木内先生)
ええ。子どもたちはとても楽しそうにやっています。楽しく学校生活を送ることができるようにするというのが、この学校の教育の目標のひとつですから、その点ではうまくいっていると思います。
(中山)
先生も楽しそうです(笑)。でも、これだけ多数の生徒をお預かりになっていらっしゃると、ご心配も多いのではありませんか。最近、特にこの年代の女子生徒に対しては困ったものだというお話もよく伺いますがいかがでしょうか。
(木内先生)
「ない」と言えばうそになるでしょうが、私はすべてを受け入れて指導するのが教育者だと思っています。教頭の菊地たち、現場で指導している教員にもそのように話しています。
(中山)
それでも、長く教育に携わってこられると、最近の生徒の行動で驚かれたご経験がおありではないかと思います。いかがでしょうか。何か具体的なエピソードをお聞かせいただけると嬉しいのですが。
(木内先生)
本当のことを言うと、ずっと「女は怖いなー」(笑)と思っています。前に家に帰ろうと歩いていたら、「先生、一緒に帰ろう」と生徒5、6人に囲まれて帰ったのですが、足元がふらつくことがありました。そうすると生徒にぶつかってしまいます。生徒は親切のつもりで押してくれるのですが、遠慮なくばーんと押すものだから、今度は反対側の生徒にぶつかるわけです(笑)。
(中山)
あら、たいへん。
(木内先生)
「えらいことになったな。周りの人はどのように感じるだろうかなぁ」と思い、多少心配になりました。
(中山)
それでどうなりましたか。
(木内先生)
心配した町の人が「中学生が老人を取り囲んで何かをしている」と、助けに来てくれて「警察を呼ぶぞ」と言ってくれました。私が「生徒と帰っている途中だ」と話し、状況がわかったようです。すぐに笑いながら立ち去りました。
(中山)
どう説明されたのですか。
(木内先生)
「いや、結構です。拉致される前ですから」(笑)と冗談めかして、答えました。すると生徒がすかさず、「先生、若い子が拉致されるんならわかるけど、年寄りを若い子が拉致するわけないでしょ」(笑)だそうです。
(中山)
まあまあ。
(木内先生)
なかなかのことを言うものでしょう。でも、それからは生徒が寄ってくるとすぐに逃げることにしました(笑)。周囲の人たちにいろいろと心配をかけてしまってはいけないですから(笑)。
(中山)
このようなお話はなかなか聞くことができないものです。先生と生徒の様子がよくわかる楽しいお話ですね。
(木内先生)
話というものはなかなか厄介なものです。私の話にしろ生徒の言葉にしろその時のニュアンスをそのまま不特定多数に解ってもらうのは難しいところがあります。最初にも話しましたが、言葉には相互に理解し合っていればこそ通じ合う語調もあると思います。この話も生徒たちの生き生きした様子が伝わることを願っています。
「中学1年生でも子ども扱いしてはならない」
(中山)
先ほど、現場の教師の皆さんに教育に対する考えをお話になるということでしたが、江戸川女子の教育についてお伺いしたいと思います。
(木内先生)
具体的な面は菊池が話してくれるでしょうから、それ以外の話をしましょう。
(中山)
お願いします。
(木内先生)
中学1年生には将来の夢や希望を書かせます。すると、お医者さんが一番多いのです。次に弁護士や薬剤師などが多いですね。前は、看護婦さんとか、花屋さんとか、いろいろなものが混じっていたのですが、最近は似たようなものが多いので、教員が手を加えているじゃないかな(笑)と思えるほどです。
(中山)
女性を取り巻く社会情勢の変化を感じます。
(木内先生)
その通りでしょう。このような状況を踏まえて、指導をどのようにしていくかということを考えなくてはなりません。生活指導や教科指導など、絶えず見直しをしながら進めることが必要です。
(中山)
もう少し詳しくお話ください。
(木内先生)
昔であれば、高校を出てどこか良いところにお嫁に行けば良しということが多かったでしょう。言葉は悪いけれど、どこかのお金持ちの家に嫁げば最高だという時代もありました。ですから、女子校の教育、特に生活指導は、横道にそれないで立派なお嫁さんになる、つまり良妻賢母を育てるのが最重要だったと思います。
(中山)
そうですね。
(木内先生)
ところが現在の生徒は違います。生徒が希望するものは高校を出てから、さらに上の学校に進んで得られるスペシャリストの資格ばかりです。当然、しっかり勉強をしなくてはなりません。それの妨げにならないようにするためにも生活指導をしなくてはなりません。
(中山)
生活指導も生徒の夢の実現に近づけるための指導ということですね。
(木内先生)
そうです。生活指導は夢の実現のための必要条件なのです。
(中山)
具体的にはどういうことでしょうか。
(木内先生)
基本としては「自分を律する力」でしょう。たとえば、お医者さんになるためには本当に多くの勉強が必要でしょう。日常的なことで言えばルーズソックスで携帯電話をかけて、ちょっとアルバイトをする、そのような自分にとって楽を追っての生活では、なかなか夢は実現しないでしょう。でも、子どもは最中にあればそれはわからない。だから、大人である我々が必要な生活指導をする任を負わねばなりません。
(中山)
夢や希望を書くということも生活指導の一貫として行われるわけですね。
(木内先生)
そうです。でも誤解しないでほしいので付け加えます。生徒の様子を見ると、中学1年でもふっと大人の表情を見せる時があります。先日、生徒と一緒に軽井沢に出かけて再度感じたことがあります。
(中山)
どんなことでしょうか。
(木内先生)
常々教員や保護者たちに言っていることなのですが、「女子は三歳の時からもう大人の顔をする」ということです。さなかにあってわからないからといって、生徒たちを子ども扱いしてはいけない。言い方は乱暴かもしれないけれど、いわゆる「なめてかかって」指導してはいけないと思います。
(中山)
難しいことです。具体的にはどう対応なさるのですか。
(木内先生)
「目標を明確にする。日常の中で、それに到達するための準備をきちんとさせる」という方針で指導をしなくてはいけません。
(中山)
ほんとうにそうですね。
(木内先生)
併せて、教員に対しては「書かせた以上、生徒がなりたいと思っているものになれる指導をしなさい」と厳しく言っています。
(中山)
現場の教師の皆さんにも相当なプレッシャーがかかりますね。
(木内先生)
そうだと思いますよ。とても難しいことですから。教員は私も含めて、例えば「数学ができないから医学部には入れない」というようなことを言いがちです。これは、自分で「自分はダメなやつだ」と言っているようなものです。だから「方法を考えろ」と言いますね。同様に生徒にも「『なれないかも知れない』なんて絶対に言うんじゃない」と言います。思ってしまったら本当にできなくなってしまいます。
(中山)
同感です。塾の生徒たちにも「やってもみないで、できないと決めてはいけない」と言い続けています。
(木内先生)
私たち教員も、生徒も同様なのです。
(中山)
木内先生の熱い思いが、折りにつけ伝えられているのですね。それが江戸川女子の人気のもとだなとわかります。
「学校教育の中で互いの信頼感が薄れてきているのが問題だ」
(中山)
最近の教育の現場で問題となっていることがいくつかあります。いろいろとお考えのことがおありだと思いますが。
(木内先生)
そう、いろいろありますね。実際のところは教師と生徒、学校と保護者、生徒と保護者など、互いの信頼感が薄れてきていることに尽きるのではないかと思います。
(中山)
どのようなことでしょうか。
(木内先生)
お互いに本音でものを言えなくなったということでしょう。本音でものを言うには相手を認めなくてはなりません。今はおうおうにして、自分の都合を先に言って、相手の考え方を理解しようとしない傾向にあります。これが問題でしょう。
(中山)
いろいろな学校の校長先生から「子どもに対して保護者が自分の価値観を押し付けている。その結果、子どもの心が病んだり成長が遅くなったりする」という話を伺いました。同様なのでしょうか。
(木内先生)
それも一つでしょう。以前のことですが、登校拒否になった生徒がいました。いわゆるできが良い兄弟と、エリート志向というか、そういう環境の中にありましてね。ずっと悩んでいたんでしょう。家族から相談があって、朝10時から夕方5時まで一緒にいましてね。ずっと何にも言わないもんだから、いろいろ手を変え品を変え聞いてみました。漸く、その原因は歌手になりたいからということがわかりました。本人が言うには「高校を卒業してからじゃ、間にあわない」ということで、学校をやめるための非常手段としての登校拒否だったのだそうです。
(中山)
まあ、大変な覚悟ですね。でも、ご両親は反対されたでしょう。
(木内先生)
そうです。家族中から猛反対されたのです。本人もとても成績が良くて期待をされていましたから、尚のことでしょう。「校長先生に会って話がしたい」というので会ったのですが、さっき言いましたように、丸1日全く話をしない、その日の夕方になって「明日又来てもいいですか」って言うものだから、「今日1日付き合ったんだから明日は嫌だ」って答えたんですよ。
(中山)
なるほど。苦しんでいるさなかの子どもに、「おためごかしはダメ。裸の部分をさらして初めて相互の信頼や愛情が感じ取れる」ということですね。
(木内先生)
その考えよりも、私のクセと言うか、いつも正面から向き合うようですよ。子どもたちの発するエネルギーをまともに受け取るっていうか(笑)。
(中山)
校長先生が「嫌だ」というようなストレートな言い方をするとは普通は考えませんものね。
(木内先生)
うちの生徒たちはみんな知ってますよ。校長はどんな人と聞かれたら、「おもしろい。話せる」って答えますから。さっきの生徒もわかっていたとは思います。だから言ったのでしょう。そばにいた教員が「校長は忙しい人なんだから我慢しなさい」(笑)なんて言いましてね生徒も納得していましたね。
(中山)
そうなのですか。その後はどのような対応をされたのですか。
(木内先生)
両親も呼んで話をしましたが、子どもに対して「学校に行け」という自分の考えを言うだけなのです。そこで、「誰か話を聞いてくれる人はいないか」と本人に聞くと、「田舎のおばあさんがいる」と言います。そこで、「2週間やる。学校に来なくても良いから話して来い。2週間後に戻って来い」と言って休みを与えました。
(中山)
ご両親は反対されたのではないですか。
(木内先生)
「校長が学校をサボって良いなどとは何ということだ」となかなか納得されませんでしたが、「私が責任を取ります」と言いました。お父さんが最後には受け入れてくれました。その生徒は2週間後には戻ってきて、すがすがしい顔できちんと卒業していきました。
(中山)
自分の話を聞いてくれる存在が本当に大切なのですね。
(木内先生)
そうだと思います。話しているうちに両親の考えも理解できたのではないでしょうかね。
(中山)
このような問題にはいつも木内先生が関わられるのですか。
(木内先生)
いえいえ、現場の教員が担当しています。対応し切れなくなった場合にこちらに回ってくるのですよ。なあ。
(菊池先生)
校長は万人力ですから(笑)。
(中山)
すばらしいお話をありがとうございました。生徒たちが先生のお人柄を信頼して話しに来る様子が窺えます。
(木内先生)
相手を信頼しているから本音で話すことができます。しかし、言い方が荒っぽかったりして誤解を招く部分もあります。私の話はとり方によって、いろいろに感じられてしまいます。
(中山)
基本のところに相手に対する信頼や愛情があると思います。それが相手に感じられるので真意が伝わるのではないでしょうか。
(木内先生)
私の話にはファンもいるでしょうが、アンチファンもいるでしょう。
(菊地先生)
校長の真意が伝わらないのは残念なので、私の立場から誤解のないように補うことはあります。
(中山)
何事でも全員が賛同したり支持をしたりするということはありえないと思います。僭越ですがこれからもどんどん本音でお話いただけるよう希望しています。
(木内先生)
中学1年生でも話の50~60%の内容は理解できると思います。大人と違って色眼鏡なしで聞くのでおおよその内容は伝わっていると思います。中学・高校の時期にどんな立派な内容の話をしても、すぐに変化が起こるわけではありません。長い目で見て、そう20~30年経ってから「なぜ、こういう感覚が自分の中にあるんだろう」と思ってくれると嬉しいですね。
(中山)
なるほど。
(木内先生)
全員が同じことを言ったり同じことをやったりしなくてはならないという感覚は実におかしいものです。だから私の感じ方を話すことで、「ああ、こんな感じ方もあるのか」と知ってくれるでしょう。それが将来、何かの折に思い出されれば良いと思って話すことが多いですね。
「進学実績の伸びの背景には学校生活の充実がある」
(中山)
最後に指導の方針やシステムについてお伺いしたいと思います。まずは独特な65分授業を導入された意図は何でしょう。
(菊池先生)
導入のきっかけは理事長でもある校長から「週5日制の導入のタイミングを考えろ」という指示があったことです。
(中山)
現在、週5日制は導入されていませんね。
(菊地先生)
ええ。先ほど校長が話したとおり指導は生徒の状況に応じて変えなくてはなりません。生徒の希望を実現するという観点からまだ導入していないのです。
(中山)
わかりました。
(菊地先生)
65分を導入したのが1994年ですからもう9年目になります。その2、3年前から検討を始めました。生徒の学力を下げることはできませんので、授業時間を減らすことのないようにというのが検討した内容です。
(中山)
どの学校も週5日制への移行に関して苦慮されているようです。
(菊地先生)
2期制とあわせて導入しました。1回の授業時間を15分延ばす、定期テストを1回を減らす、通知表の作成に伴う休講期間も減らす、そのような取り組みで授業時間を増やしました。
(中山)
2期制のメリットは各校とも検討されているようです。
(菊地先生)
本校の場合には本来の授業時間が増えたので、放課後の補習は実施しないようにして、自分で考えた使い方ができるようにしました。従来は補習授業や受験講習などの形で指導してきた内容を平常の授業の中に盛り込むことができるのです。
(中山)
その結果として進学実績の伸びがあるのですね。
(菊地先生)
各種の資料にもあるとおり、導入後毎年のように早・慶・上智の難関私立大への合格者数が伸びてきています。
(中山)
期待通りの成果ですね。
(菊地先生)
そうですね。ただ、単純に数値を上げるには始業前のいわゆる0時限や放課後の補習授業によって授業時間を増やせば良いと考える場合が多いと思います。でも、それだけでは得ることはでき難い結果ではないかなと思います。受験勉強だけでは終わらない充実した学校生活が、バックにある重要なものだと考えます。
(中山)
指導面での今後の展開は何かお考えですか。
(菊地先生)
新指導要領の問題があります。3割も内容が減った教科書では目指す指導ができません。補助教材の使用など学力を伸ばす工夫を進めています。
(中山)
国公立大学への進学者数を伸ばす努力はいかがでしょうか。
(菊地先生)
もちろん進めています。高校に国公立コースのIII類を設けていますので、そこでの指導がポイントです。各教科とも指導内容の整備を進めています。
(中山)
教科指導以外の面ではどのような取り組みをされていますか。
(菊池先生)
いくつもあります。本当の意味での知識の定着と言うのはそれをうまく使いこなせることで果たせるものだと考えていますので、それを目指した行事を重視しています。
(中山)
具体的なものをご紹介ください。
(菊地先生)
自分で調べたり考えたりする行事を設けていますが、中学では各学年2回行う社会科見学が代表です。現地集合現地解散で行うもので、中1は近場、例えば江戸東京博物館くらいから始めて、徐々に遠方に行きます。その延長が中3の修学旅行ですね。今年(2002年)は奈良に午後5時に集合というものです。さらに高2の修学旅行で行なう1日研修や2泊3日ホームステイにもつながります。
(中山)
ご心配もあるでしょう。
(菊地先生)
確かにそうですが、基本的は生徒を信頼しています。マナーなど必要なことは指導していますが、正直言ってお叱りを受けることもあります。ただ、嬉しかったことに、修学旅行の帰りの飛行機で一緒になったご夫婦から「何度も高校生と一緒になったが、こんなにお行儀の良いのは初めてだった」とメールをいただきました。私たちの取り組みは間違いではなかったと自信を持ちました。
(中山)
それは嬉しいことですね。いろいろな経験から身につけたものが生きているのでしょう。
(木内先生)
やはりお互いの信頼感がなくては教育はできないものなのですよ。
以上
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