2005年6月22日(水)訪問:栄光学園中学・高校は神奈川県鎌倉市、大船駅に近い丘陵地の緑あふれる環境の中にある。首都圏を代表する進学校のひとつで、神奈川県だけでなく全国的にも最難関私学のひとつである。設立母体はイエズス会で、キリスト教に基づいた独自の全人教育を進め、各方面に多数の人材を送り出してきた。学校長関根悦雄先生にインタビューした。
ほくしん教務統括 中山秋子

「日本や世界の実情を知る機会を多く設ける」

(中山)
栄光学園はイエズス会によって創られた学校です。キリスト教に基づいた全人教育を、日常ではどのようにお進めになっていらっしゃるのでしょうか。
(関根先生)
教育理念にあるとおり、「生徒ひとりひとりが人生の意味を深く探り、人間社会の一員として神から与えられた天分を十全に発達させ、より人間的な社会の建設に貢献する人間に成長するよう助成すること」を目指して教育を進めています。
(中山)
キリスト教に限らず宗教団体を母体に作られた学校は、当然ですが時代が変わっても明確な教育理念を示されて教育に取り組まれているように思います。
(関根先生)
そうですね。
(中山)
ただ、生徒や保護者の意識が以前と比べて変わってきているように思います。教育理念の顕現には何かとご苦労もおありだと思います。いかがでしょうか。
(関根先生)
私は栄光学園で長く勤めてから他の学校に移り、そしてこの学校に戻ってきました。確かに以前の生徒たちと比べると昨今、大きく変わっているのがわかります。
(中山)
具体的にはどのようなことでしょう。またその違いは何なのでしょうか。
(関根先生)
そうですね。勉強の面に限らずいろいろな面で「意欲の低下」を感じます。これは栄光の生徒だけではないでしょうが、校長になってからずっとそのことを感じています。
(中山)
原因は何だと思われますか。
(関根先生)
将来に対して目標を持ちにくくなったからでしょう。かつて日本は国を挙げて戦後の復興を目標として取り組んできました。それが達成されてからは将来への明確な目標がない状態が長く続いていると思います。
(中山)
なるほど。
(関根先生)
「良い学校に入り、良い大学を出て、良い会社に就職する」という程度のことでは本当の意味での目標にはならないでしょう。周囲が意欲につながる目標を示すことができていないこともあります。
(中山)
目標を見つけるためにどのようなことが大切なのでしょうか。
(関根先生)
自分がしなければならないと思える何かを見つける場を設けることが必要でしょう。栄光では世界の実情を知る機会を多く設けてきましたが、これは今まで以上に大切になると考えています。
(中山)
具体的にはどのような取り組みをされているのですか。
(関根先生)
昨日はちょうど創立記念日でした。卒業生でニュースキャスターの今井義典さんを招いて、世界をもっと知ろうというテーマでお話しをしていただきました。このような機会はこれからも設けていきます。
(中山)
世界の実情を知るという点では、イエズス会でもいろいろな活動をされているのではありませんか。
(関根先生)
ええ。カンボジアで地雷撤去の活動への援助をしていますので、来週は現地で活動されている方からお話を伺う予定です。
(中山)
学校独自の活動としては、どのようなものがありますか。
(関根先生)
聖書を学ぶことの一環として長崎に出かけてお話を伺ったり、釜ヶ崎の夜回りに参加したりすることもあります。また、フィリピンとの国際交流も続けています。
(中山)
なるほど。
(関根先生)
いろいろな機会を設けていく中で、世界の実情を知るきっかけができればよいと思います。
(中山)
学校内のさまざまな行事を通じての活動もあると伺っております。
(関根先生)
はい。ただ学校として行事だらけでも困る(笑)ので、集中して行うものは限られています。大きなものは5月の栄光祭(文化祭)、9月の体育祭、10月の歩く大会が主なものです。
(中山)
長時間歩くのは実に良いことだと思います。我慢することや協調することを学ぶためにも必要だと考えます。
(関根先生)
そうですね。よく頑張って歩いています。
(中山)
ただ同様な試みをされている学校の中には「厳しい」からと受験を敬遠されるという話を最近よく伺います。特にお母さんがそのように考えることが多いようです。
(関根先生)
それは残念なことですね。学校の様子を知るには実際に来て見て確かめることが必要です。
(中山)
私たちの塾では生徒たちに「文化祭は文化系クラブの研究発表の場なので、いろいろな発表を見てくるとよい」と伝えています。オープンスクールなどにも積極的に参加させています。が、最近はなかなか見応えのある発表はどの学校でも少なくなっているように感じています。
(関根先生)
栄光では研究発表の場という雰囲気はまだ残っているとは思います。以前に比べると少なくはなってきましたが(苦笑)。

自分から学ぶ姿勢を持つことが大切だ」

(中山)
先ほど子供たちに周囲が意欲につながる目標を示すことができていないとおっしゃいました。私たち大人が子供たちに対するにはどのようなことが大切だと思われますか。
(関根先生)
個々の家庭の問題もあるでしょう。が、私は画一化した教育の問題も大きいと思います。
(中山)
どのようなことでしょうか。
(関根先生)
指導の中でもっと多様な選択肢を設けることが必要だと思います。ここで文部科学省の批判をするつもりはありませんが、指導要領を定めてそれに従わざるを得ないのは問題だと思います。
(中山)
もっと個々の生徒の能力や適性に応じた指導をといういうことでしょうか。
(関根先生)
それもあります。指導要領で細かい内容まで定めていては意欲を高める指導は難しいでしょう。栄光は選抜試験を経て入学した生徒に指導をしています。彼らが栄光の指導に期待するものは画一化したものとは違うものがあります。
(中山)
なるほど。では、生徒の期待に応えるためにどのような指導をしようとお考えでしょうか。
(関根先生)
多く深く、そして融通の利く幅の広い教育を考えています。
(中山)
具体的にはどのようなことにどんなふうに取り組んでいらっしゃるのでしょうか。
(関根先生)
各教科で独自の目標を立て補助教材を使い指導します。将来に向けて何を指導すべきか考えた上での指導です。
(中山)
多くの私学でいろいろな工夫をされていることを存じています。その中でも栄光出身の学生諸君は、学科とは直接関わりないようなものまで幅広く知識を身につけているとかねがね感じておりました。それはどのようにして身についていくのか伺わせてください。
(関根先生)
そうだと嬉しいことです。中高の学習内容は基礎になるものだからすべて勉強するべきだという考えでいます。ですから、栄光ではすべての教科を勉強します。文系と理系に分けるのもすべての内容が終わった高3からです。
(中山)
いろいろな学校では「学習効率が悪いので、早い時期から選択科目を増やし、コース制を導入している」とおっしゃいます。
(関根先生)
それぞれの学校の事情もあるでしょう。私たちは生徒の将来の進路を考えて、いろいろな科目を勉強することは必要だと思います。
(中山)
栄光の生徒諸君には余裕があるので、すべての科目に取り組めるのではないのでしょうか。いろいろな学校で、「文系に進むのに理系の科目は勉強する必要がない」「大学受験に必要のない科目までやりたくない」という生徒が多くなっていると聞いています。
(関根先生)
そうですか。勉強する中で自分でやりたいことを発見する機会を減らさないことは大切だと考えます。自分から学ぶ姿勢を持つきっかけをつくる上で必要なことだと思います。
(中山)
自分からやりたいことを見つけて取り組むことができない生徒が増えてきているのは残念です。その点で栄光生は秀でているのだと感じます。
(関根先生)
最初にも言ったように、以前と比べると栄光の生徒にも難しくなりつつあります。課題を与えられなければできない生徒が増えています。
(中山)
私たちの塾の生徒でも同様なことを感じます。保護者の皆さんが「勉強しなければたいへんだよ」と言うから、理由はよくわからないままやっているという状況はどこででも増えてきているように感じます。
(関根先生)
塾の指導にも原因がありますよ。与えられたことがらだけをこなすことに慣れてしまうと、そうしてはならない環境でも同じように行動してしまいがちです。特に最近、入学したばかりの生徒たちは「勉強は試験のためだ」という考えをしがちです(苦笑)。
(中山)
そうしたことは大いに危惧しています。塾に通う子供たちの目標に「志望校合格」という期限が限られているものがあります。そのため、効率よくに身につけていかなくてはならないことが多くあります。しかし、そのためだけの学習では、楽しい受験は望めません。私たちは楽しい受験をさせたいと願っています。
(関根先生)
主体的にやる力を奪わないことが大切です。
(中山)
はい。しなやかな思考力を培うことが大切と考えます。中学受験ができることをよいハードルを得たと考え、学習することを通じて人間力をあげることができるようにしたいと留意しています。
(関根先生)
なるほど。子供たちに関わるには、自分から取り組めるようにする指導が必要でしょう。「教わっていないことは知らなくても当たり前だ」という気持ちでいるうちは伸びていきません。
(中山)
おっしゃるとおりです。私たちの塾では、受験学年以外の学年では、自分で進めていける教材を選び、勉強のしかたを指導しています。しばらくすると「どんどん進めてうれしい」「こんなにできた」と言う声が自然にあがり、お互いに喜び合います。
(関根先生)
塾でもいろいろな形で生徒が意欲的に取り組めるように取り組んでもらえるとありがたいですね。

「学校は強制もし禁止もするところである」

(中山)
その他の点で、お気がかりなことはございませんか。
(関根先生)
言葉の力がなくなってきたことは心配ですね。
(中山)
それは同感です。が、栄光の出身者は言葉を使った表現がしっかりできるという印象があります。
(関根先生)
そう言っていただけるとありがたいのですが、実際はかなり低下していると思います。
(中山)
そうですか。言葉の力の低下はほんとうに困った問題だと思います。言葉で自分の意思を伝えることができないから、極端な場合には暴力的な行動をとるという例も多いと聞きます。
(関根先生)
残念なことです。言葉の教育は一朝一夕にはいかないと思います。小学校に上がる前から取り組まなくてはならないことです。そして、小学校ではもっともっと力を入れなくてはなりません。
(中山)
小学校ではいろいろと発言させるのはよいことだと指導します。が、生徒は自分の言いたいことを言うことばかり考えて、言い終わると他の生徒の話には関心をもたなくなっているように思います。
(関根先生)
最初のうちは「聞く」そして「覚える」ことが必要です。周囲が言葉による表現をたくさん教えて、その表現方法がインプットされてからでないと、適切なアウトプットはできないと思います。
(中山)
同感です。
(関根先生)
本を読まなくなったことも大きいと思います。読書指導ももっと力入れてやるべきでしょう。
(中山)
本当にそう思います。本を読むようになればそれで読書指導ができたと思い込む保護者もいます。また、公立の小学校などで生徒に発言させることが大切だとされています。それは個性を伸ばす指導が重要だという考えが理由の一つだと思われます。いかがでしょうか。
(関根先生)
本質的には学校は強制もするし禁止もするところだと考えています。人間は生まれながらに個性を持っています。誰一人として同じ人間は存在しません。改めて指導して個性を伸ばさなくても個性的な存在なのです。
(中山)
なるほど。強制や禁止ということばはとても重い言葉です。
(関根先生)
学校はみんなに同じように勉強をさせるところです。必要なことは校則と明示して守るようにもさせています。生活指導も学習指導もともに大切な教育なのです。
(中山)
個性を伸ばすというのはお互いの違いを認めることが出発点だと思いますが、差をつけるのはかわいそうだという矛盾した考え方もあります。運動会での全員一緒にゴールインなどはその代表でしょう。
(関根先生)
走るのが速いということも、勉強がよくできるということも、同じようにすばらしいことだと思います。適切に評価する機会を用意することも大切です。
(中山)
栄光は学力面でも身体面でも生徒を鍛える学校という評価があり、生徒や保護者はその教育を受けたいと望んでいます。
(関根先生)
そうですね。中間体操や歩く大会は意志力の鍛錬の場です。人間は総合力で評価されるものですが、最後までやり通す強い意志と自らをコントロールする力は殊に大切だと思います。
(中山)
公立学校ではそのような考えを示すことはなかなかありません。私立学校の良さだと思います。しかし学習面でも生活面でも生徒をしっかり指導してくれる先生は保護者から敬遠されがちです。学校に対して「厳しすぎる」と言う保護者も多くなってきているようです。
(関根先生)
教育には学校と保護者の連携が必要なのです。厳しすぎるという不満があるかもしれませんが、保護者が教師に対して文句を言うべきではありません。生徒の前で不満を述べるのもいけません。生徒に教師への信頼が生まれません。
(中山)
そうですね。
(関根先生)
そのような不満の大部分は保護者が自分の子供しか見ていないことが原因でしょう。教師にとって多数の生徒のうちの一人で、全体的なバランスをとりながら指導を進めているのに、保護者はその点を考えていないのです。
(中山)
不満を述べるのは母親が多いようですが、最近は父親もそのような傾向が強くなっていると思います。
(関根先生)
親が大人になりきっていない場合が多いと思います。全体を客観的に見ることが難しいのでしょう。
(中山)
なるほど。
(関根先生)
ちょっと話は変わりますが、通学路が狭いので通学時の状況に関してお叱りを受けることがあります。最近は気がつかない、気が利かない生徒が多いのは確かです。指導もしなくていけません。ただ、大人のマナーも悪く、叱り方が感情的で適切ではない場合も多いのです。
(中山)
それは強く感じます。
(関根先生)
教育とは大人が子供に時間的な猶予を与えながら成長を促すものです。知らないで困ったことをした場合には、その現場で言ってもらえるのが一番です。しかし、それができていない大人も多いと思います。
(中山)
大人も大いに反省しなくてはなりません。

「学校にはそれぞれ文化がある」

(中山)
話を、保護者が自分の子供しか見ていないという点に戻します。よく見てもらえるからと、少人数学級を望む保護者が増えています。これには問題があると思うのですが。いかがでしょうか。
(関根先生)
少人数にするとエネルギーが生まれにくいですね。ある程度の大きさの集団でないと個性のぶつかり合いもないし、そこから他者への関心も生まれにくいと思います。
(中山)
本当に同感です。適切な指導を進めるために分割して少人数の授業にするのは必要ですが、学級の人数を単純に減らしたからと言って目が行き届くとは思えません。
(関根先生)
栄光は1クラス45人の4クラス編成です。どの教科も同じ教師が全クラスを指導することができます。
(中山)
学級の人数を減らすことでかえって同じような趣味や好みを持った生徒が少なくなり、仲間はずれにされるようなことも増えるようです。
(関根先生)
それは考えられることですね。
(中山)
先生のような立場の方が意見を述べて頂けると教育はよりよい方向へ変わっていくのではないかと僭越ながら思います。栄光の出身者は学力が高いこと以外に、別のものに打ち込んできた学生が多いと感じています。スポーツだけでなく、芸術など文化面での活動も目立つ印象があります。
(関根先生)
それは確かにそうだ(微笑)と思います。運動面でも文化面でも何かに取り組んできた経験を持っているのが栄光生の大きな特色でしょう。
(中山)
軟式野球部の全国大会への出場が話題となりました。その後の活躍も伺いました。学校の規模を考えるとクラブ数が多いように思います。
(関根先生)
クラブ活動は教育の上でとても重要です。ですから、生徒は必ずいずれかのクラブに入って活動しています。
(中山)
それでは各クラブでの技術の指導なども先生方が積極的に進められているのですか。
(関根先生)
担当の教員がすべて専門家ではありません。技術面の指導がしっかりできる場合は少ないでしょう。伝統的に先輩が後輩を指導していくという形が多いと思います。
(中山)
わかりました。これからも活躍が続いて話題となることを願っています。
(関根先生)
そうですね。
(中山)
次に入試に関して伺います。記述重視の良問が出されていますが、出題方針には今後も変化はないのでしょうか。
(関根先生)
各教科で何が必要かを考えて問題を作っていますので、はっきりしたことは言えませんが、変わらないと思います。
(中山)
最近、記述嫌いの生徒が増えています。仕方なしに記述を減らす学校が増えています。記述の多い学校は敬遠されている例も多いので残念に思っています。
(関根先生)
入試問題は学校の姿勢を示すものです。どのような指導をしていくのか、どのような生徒を求めているのかなど、はっきりさせるものです。栄光の指導方針は変わりませんので大きな変化はないでしょう。
(中山)
算数で計算問題について途中の計算も要求するのは珍しいことです。基本を十分に理解した上で、次のステップに進むことができる生徒を求めているように思われます。とてもよい問題だと思います。最後に栄光を志望する受験生と保護者にアドバイスをお願いします。
(関根先生)
栄光を2月2日に受ける生徒は、その前後にいろいろな学校を受けます。自分の偏差値を見て進学状況を調べて決めたりする場合もあるでしょう。塾の指導の結果、受験する場合もあるでしょう。でもそれだけでは決めないでほしいと思います。
(中山)
何が判断の基準なのでしょうか。
(関根先生)
栄光に限らず、どの学校にも文化があります。それをよく考えて学校選びをしてください。どのような方針に基づいて、どのように教育が進められ、どのような生徒たちが育っているのかを知ることはとても大切です。
(中山)
なるほど文化ですか。文化という表現は初めて伺いました。
(関根先生)
そうですか。偏差値が高いから、進学状況がよいからという理由だけで栄光を選んでほしくはありません。栄光の教育を受けたい、栄光で6年間を過ごしたいと思って入学してきてほしいと思います。
(中山)
やはり学校へ直接伺いきちんと確かめることが大切ですね。
(関根先生)
そうです。学校に直接来て、生徒の様子や指導の様子をよく知ってから学校を選び入学されることをお勧めします。

以上

学校風景1学校風景2学校風景3

☆付記☆関根先生の毅然としたお話から、栄光学園の教育に対する大きな自信が感じられた。教育を取り巻く状況が必ずしもよいものではないことへの危惧と学校がなすべきことを率直に述べられた。次代を担う子供たちの周りの大人のありよう、われわれ塾の指導への注文など、考えさせられることの多い取材であった。
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