2000年7月11日(火)訪問:穎明館中学・高校(以下穎明館)は東京の郊外八王子の丘陵地帯にある。設立当初から新しいタイプの進学校を目指し独特のシステムによる学習指導を展開してきた。その結果、現在多摩地区では桐朋に次ぐ進学校となった。多摩西部を中心に東大・早慶を目指す受験生に人気が高い。さらにハードとソフトの両面での充実が進んでいる。学校長久保田宏明先生、教頭山本寿長先生にインタビューした。
ほくしん教務統括 中山秋子

「ひとりひとりの良いところをまとめて学校をつくる」

(中山)
まずは簡単なプロフィールをお伺いします。
(久保田先生)
話すと1時間くらいになりますね(笑)。ずっと東京で育ちました。旧制ですが、小学校、中学校の11年間は明星学園でした。当時の同級生は30人で本当に少ない、『窓際のトットちゃん』の学校よりも少ないわけですからね。その30人には面白い者もいました。「宇宙工学をやりたい」と東大に進んだのもいました。
(中山)
当時、小学校から私学へ通っている子どもというのはかなり珍しいのではないのですか。
(久保田先生)
そう思いますね。私の兄弟はみんな明星から早稲田に進みましたので、自分も早稲田の学院を経て政治経済学部に進みました。途中で軍隊にいて本土決戦などになったらやられていたでしょうね。早稲田に復学するとき、「日本の復興に役立つのは政治経済より文学だ」(笑)と親を説得して文学部に変わりました。文学部時代、芝居が好きで演劇部に入り活動しました。大学院でも少し演劇の勉強をしました。
(中山)
大学を卒業後は演劇をお止めになったのですか。
(久保田先生)
観たり聴いたりするのは大好きですが、自分ではやっていません。それでも今も芝居の仲間とは会っています。卒業後、縁あって北海道の教育委員会に入り、役所や学校を行ったり来たりしました。役人は一番キライ(笑)なんで、「現場に戻してくれ」と頼んで、バンコクの日本人学校の校長になりました。その後、北海道、熊本で校長などを経て、駒場東邦の校長になりました。
(中山)
どのような経緯で穎明館にいらっしゃったのですか。
(久保田先生)
昔からお世話になっていた堀越理事長に「どうしても来て欲しい」と頼まれたもので、3年前に校長になりました。良い先生方や生徒、保護者に囲まれて実に楽しい毎日です。
(中山)
校長としてどのような学校を目指されていらっしゃいますか。
(久保田先生)
それぞれの特徴というか、個性というか、みんなが持っている良い点をまとめるのが自分の役目だと思っています。それには「これはダメだ」と否定するマイナス志向ではなく、プラス志向が必要でしょう。特にそれぞれの先生の良い点をまとめ上げていくことが大切だと考えています。結果としてさらに大きな力を生み出すことができるという点で芝居の演出と同じですね。
(中山)
校長先生はとても大きなパワーをお持ちのように拝察しますが、先生方にはどのようにお考えを伝えていらっしゃいますか。
(久保田先生)
出きるだけ話す機会を多くし考えを伝えています。これは生徒にも同様です。この学校は親しみやすい生徒が多くてよく話しかけてきます。

「子どもが変わったのではなくて大人が変わった」

(中山)
最近、中学生や高校生の引き起こす事件などが問題になっています。これについてどのようなお考えをお持ちですか。
(久保田先生)
抑制の強い子どもが多くなっているようですね。元来、子どもはやんちゃで、興奮度が高いものです。はしゃぎすぎて教室でボールを蹴って蛍光灯を壊してしまったなどというのは許せる範囲でしょう。他人に悪さをしたわけではないから。ところが、最近の中学生で抑制度が興奮度よりも高い者が1割もいるらしい。これはとても気になることですね。
(中山)
もう少し具体的にお話をいただけますか。
(久保田先生)
抑制度と興奮度は大脳内の抑制物質と興奮物質の量で分かります。興奮度より抑制度が高い生徒は表面的には真面目でおとなしいが、突然おかしくなる、今で言う「キレる」状態になりますね。両親の言うことをよく聞いている、いわば「子どもらしくない」子どもには特に注意が必要でしょう。私は中学校では「多少やんちゃを働いても大目に見てやるように」と先生に指示をしています。
(中山)
学校のシステムの中で対応していこうとされているのですね。
(久保田先生)
そうです。去年から生徒指導部を改めて生徒部としました。指導というと先生が何かを強制するという響きがあります。生徒の自主性・主体性を引き出してサポートいくことが大切だと考えています。たとえ生徒にだまされ続けたとしても、その生徒の人格を認めてやるべきだ、というのが生徒部の基本になっています。
(中山)
「だまされても人格を認める」とはすごいお話ですね。
(久保田先生)
学校の進学実績が伸びているのは学力形成のみに力を注いでいるからではないのです。生徒部が人格形成、教務部が学力形成をそれぞれ担当してうまくいっているからだと思います。
(中山)
先ほど、子どもの抑制度が高くなっているのは良いことではない、というお話がありましたが、抑制度が高くなった原因は何だとお考えですか。
(久保田先生)
大人たちが変わったことが原因でしょう。子どもたちは周囲の影響を受けて育ちますからね。子ども本来の純粋さやものを吸収する能力は変わっていないと思います。だからわれわれ大人がどのように子どもたちをリードしていくかが大切でしょう。

「50分授業に変えたのはオーソドックスな授業をしたいから」

(中山)
創立当初からの70分授業を50分授業にお変えになったのはどのようなお考えからでしょうか。
(久保田先生)
「授業時間の変更など、いろいろと改善されていますね」とよく言われますが、自分としては改善だとは思っていません。オーソドックスな教育をやるんだと言っています。50分教授業というのは日本の伝統なのです。70分では大人でも集中して授業を受けるのは辛い、まして中学生には難しいだろうと思ったのです。
(中山)
70分授業に大きな問題点があったのですか。
(久保田先生)
いいえ、新しく学校をつくる時に先生方が発案されて定着してしていたもので、悪いものだったわけではありません。しかし穎明館の教育をさらに発展させたいと思ったのです。先生方と話し合った上で少し変えようとしたのです。
(中山)
では他にもいろいろな変更があったわけですね。
(久保田先生)
例えば、生徒の主体性を重視した教育といっても、受け皿つまり生徒が主体的に活動できる場がなければ意味がない、そこでクラブ活動を充実させたり、生徒の希望を受け入れて従来は学校が中心に行っていた文化祭を生徒が企画・実行したりするようになりました。
(中山)
生徒が文化祭を企画・実行することなどでは不安はなかったのですか。
(久保田先生)
先生方はいろいろ心配したようですが、初めは失敗するだろうが仕方がないと思っていました。結果はうまくいったと思いますね。卒業生が答辞の中で一番印象に残ったものとして文化祭を挙げていましたから。
(中山)
それは、生徒にとってはとても大きな変化だと思います。授業面での大きな変化は現場の先生方もいろいろとたいへんだったと思いますが。いかがでしょうか。
(山本先生)
開校当初からこの学校におりますが、大変だと思ったことはありません。シラバスも導入しました。30ページほどのごく簡単なものですが、中1から高2まで学年別に教科ごとで作成しています。
(中山)
シラバスはどのような形で作成されているのですか。
(山本先生)
その年度でその学年を担当する教員が分担して行います。方針が決まっていますが、担当教員の個性が出ますので毎年微調整をします。
(久保田先生)
その方が良いと思いますね。先生方のいろいろな個性が表れていましから。シラバスを見て一番良かったと思うことは、他の教科の先生が指導内容を知って重複することがなくなることですね。例えば日本史の授業でスライドなどを使うとき、「先生、それはもう国語で見ましたよ」(笑)ではうまくありませんから。授業の方法もかなり変わっていくと思います。
(中山)
授業準備もたいへんでしょう。
(山本先生)
そうですね。授業には精一杯取り組みます。教師にとって、授業は生徒の信頼なくして成り立ちませんから。どのように生徒との人間関係を築いていくかも重要だと考えています。

「国・算120点、社・理80点の配点は学力を判断する上で理想的である」

(中山)
入試に関してお伺いします。4教科で入試を行われていますが教科別の配点が何度か変わっていますが、今後は現在の配点が続くのでしょうか。
(山本先生)
何度か変えてきましたが、現在の配点は変えない予定です。
(久保田先生)
120点と80点というのは理想的な配点に近いと思います。国語・算数の力をきちんとつけた生徒が入ることができますから。東大の数学科の教授もこの配点はバランスがちょうど良いと言っていましたね。
(中山)
大学受験を考えると理科・社会が一番重要だという考えもありますが。
(山本先生)
それは確かに言えます。2科入試よりも4科入試を選んで実施しているのはそのためです。
(久保田先生)
それにもう一つ大きな理由があります。
2科にしたら子どもたちの負担は減るでしょうが、指導の上で学校がリスクを負うことになります。小学校のときはいろいろなことが吸収できる時期ですから、理科・社会の基礎知識を身につけるのは良いことだと思いますね。
(中山)
問題についてお伺いします。試験によって教科にやや難度差があるように感じますが、意図的に差をつけられているのでしょうか。
(山本先生)
平均点に差があるのは事実ですが意図的ではないのです。問題の作成にあたっては合格点を5~6割にしたいということで作成はするのですが。
(中山)
算数の平均が国語よりもかなり高く易しくなっているように感じます。最近の出題傾向、特に受験校の場合、その場で試行錯誤をするような難問が増え合格点が低くなる傾向がありますが。
(山本先生)
確かにこのところ算数の平均点は高いと思いますね。ただ難度が下がったということはありません。受験勉強の努力が報われる問題を出したいというのが基本にあって作問をしています。この方針はしばらく変わらないとと思います。
(久保田先生)
入試問題は学校の顔ですから大事なものです。計算が速く正確に出きれば良いと言うわけにはいきません。考える力を持つ子どもに入学してほしいのは当然ですが、入学後に考える力を伸ばすことも重要です。どこまで教科指導の中で責任を持って考える力を伸ばせるのかを見極めて問題を作成していけば良いと思います。
(中山)
そうなれば受験生も保護者も出題内容から学校の教育を感じることができます。
(久保田先生)
指導要領を逸脱しているとか、難問・奇問だとか、文部省が言うことはないと思います(笑)。入試問題に関する会議で文部省にも「もうそろそろやめたら」と言っていますがね。
(中山)
最後に穎明館を志望する受験生並びに保護者にメッセージをお願いします。
(山本先生)
6年後にそれぞれの生徒の希望を実現できるようにバックアップしますから、目標に向かって努力を続けられる生徒に来て欲しいと思っています。
(久保田先生)
中学入試はある意味では保護者が中心の入試ですから、穎明館に子どもを預けて良かったと思ってもらえるようにしたいと思います。
穎明館の教育に共鳴して「穎明館が大好き」と思ってくれる生徒を待っています。

以上

学校風景1学校風景2学校風景3

付記校長久保田先生は公私にわたる経験と強力なリーダーシップで、穎明館の教育をさらにレベルアップすることに取り組んでいる。創立以来の教育の土台の上に新しい試みが加わって教育の厚みが増している。それを支える教頭山本先生以下のスタッフの熱心な取り組みも感じられる。
頴明館URL