2000年7月4日(火)訪問:学習院中等科・高等科は広大な学習院大学の目白キャンパスの中にあり、緑も豊かな恵まれた環境にある。高等科での外部募集は次第に減らされ、現在は欠員の補充程度になった。機能的でしかも美しい中等科・高等科校舎が完成して、名実ともに中高6年一貫体制が整った。充実した学習指導の結果、併設の学習院大への内部進学以外に、東大、早慶などの難関国立・私立大への進学をめざす生徒の希望も叶えている。中等科長従野明宏先生、教頭太田束穂先生にインタビューした。
ほくしん教務統括 中山秋子

「生徒のためにできることは何でもやってほしい」

(中山)
従野先生はどのような経緯で中等科長になられたのでしょうか。
(従野先生)
昭和30年に高等科の教員となって以来、ずっと勤めてきました。65歳の定年を生徒ともに迎えたいと希望してクラスを受け持ちました。クラスを受け持って2年経ってから、院長から呼び出しがありました。「何も悪いことはしていないのに」(笑)と思いながら出向くと、院長が「定年でちょうど良いから科長をやってくれ」と言われました。その場ですぐに断ったのですが、「一週間の猶予を与えるからよく考え直してくれ」ということになりました。中等科・高等科の先生方と相談して、条件付きで引き受けることにしたのです。
(中山)
その条件とは何ですか。
(従野先生)
「週10時間の授業を持たせてもらうこと」だったのです。しかし、この条件は「授業を持つのは駄目だ」と拒絶されてしまいましたね(笑)。
(中山)
では授業はお持ちでないのですか。
(従野先生)
ええ。たいへん残念なことに。私は体育の教員なのです。東京教育大学を卒業してからずっと勤め続けていたのですが。
(中山)
体育の授業は高校生、特に男子生徒の場合、ご苦労が多いのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
(従野先生)
そんなことはないですよ。ふつうの授業では力が発揮できない生徒がいますが、大概が体育の授業では一番暴れ回る(笑)、つまり力が出せるわけです。体育の授業は自分を認めてもらえる場になるのです。そういう点では教員にも生徒にもラッキーな教科だと言えますね。だから科長になって授業を持てないのが余計に辛いわけです。
(中山)
そうでしょうね。
(従野先生)
授業を通して生徒と接する機会は、人間関係、信頼関係を築く上で重要なことだと思います。学校という教育の場がうまく機能するには、生徒と教員との信頼関係が絶対に必要なのです。科長になって最初に先生方にお願いしたのは、「生徒のためにできることは何でもやってください」ということでした。
(中山)
生徒と接する機会を持つため、何かなさっていらっしゃるのですか。
(従野先生)
この部屋を生徒に開放しています。昼休みなど、空き時間には生徒がやってきます。今日で試験が終わった生徒が遠慮なく入ってくるので、来客中の札を出しておきました(笑)。本来この部屋は「科長・教頭室」なのですが、生徒が入りやすくするために、2人の教頭先生には出ていってもらったのです(笑)。
(太田先生)
いえ、自分から出ていったのですよ(笑)。

「何か問題があったら即座に対応する」

(中山)
学習院は中等科時代にきちんとマナーの指導をしてくれるという保護者からの評判があります。どのような方針で指導されているのでしょうか。
(従野先生)
中学生には「規則をきちんと守ることは大切である」という考えで、人間として当たり前のマナーを指導しています。高校生には「主体的に行動できることが大切である」という考えで、人間として感じ方や考え方を尊重して指導しています。成長に合わせて指導方針が変わりますが、両方とも学習院の伝統的な教育なのです。
(中山)
中学生に対する指導の具体的な例をご紹介ください。
(従野先生)
中1で八幡平へ出かけます。松尾校舎という学習院の施設があり、親もとを離れて団体行動をするわけです。山登りを中心にした訓練です。「禊」ではないのですが、これが済んで初めて学習院中等科の一員となることができるという感じでしょうか。山でのゴミをすべて持ちかえり、部屋に入る前に分別して捨てさせるなど、エチケットやマナーの教育もここでします。食事などでは、集合時刻を守れない生徒も最初は多いのですが、最終的には5分前にきちんと並んでいます。訓練すれば確実にできるようになるのです。
(中山)
最低限のマナーまで身につけていない子どもたちが増えた原因は何だとお考えですか。
(従野先生)
一番大きいのは少子化でしょう。子どもが少ないので母親が手をかけ過ぎていると思います。できる力があるのにやらせないのです。入学後の父母会では必ず「子離れをしてください」とお願いしています。生徒は適切に訓練すればきちんとできるようになることがわかっていますから。
(中山)
最近、どの学校でも問題になっている「いじめ」や「不登校」につきまして、学習院ではいかがでしょうか。
(従野先生)
正直言って全くないわけではありません。これだけの生徒がいるわけですから。兆候があれば手を打つ、やれることがあれば何でも実行する、それが重要でしょう。
(太田先生)
何かが起こった時に対応をすばやくする体制を採っています。クラスの担任である「主管」がいろいろな報告をして、教科の担当、クラブの担当から情報を集めます。週1回の会議やいろいろな場で情報を交換し、状況を分析し、対応をします。科長が率先して考えるので、全員が積極的に取り組むわけです。
(従野先生)
教員が生徒のレベルまで目線を下げていろいろ考えて行動することで、未然に防げたり大きな問題にならないうちに解決できたりしていると思います。
(中山)
具体的な原因がなく、だんだんと学校に足が向かなくなるという例もあるようですが。
(従野先生)
その対応のためにカウンセラーにも来てもらっています。最近の保護者は何かあると直接学校に言ってくるのですが、私は「お子さんに言わせなさい」と言います。親が対応するために子どもが自立できないことが原因のひとつなのではないでしょうか。
(太田先生)
200名の生徒のうち平均すると1、2名は不登校になるというデータがあるようです。学習院でも残念ながら現在のところ1名が不登校になっています。その他に不登校になりそうな状態から立ち直った生徒はかなりいました。多くは冷静に見ればたいそうなことではないのに、考えすぎてしまったのが原因です。そのような生徒のようすを見ると、原因は家庭での育て方にあるとしか思えない場合もあります。精神的な成長が充分ではないのです。解決は難しいことですが、諦めてはいけないんです。これまで何人かの生徒が不登校から脱することができています。家庭と連絡をとってとことんやる、ということが大切だと考えます。
(中山)
私立中学を受験させる事自体が幼い生徒たちにたくさんの勉強を強いたり、ストレスを課すので子どもたちの成長に歪みを生むという考えもあるかと思いますが、これについてはいかがお考えでしょうか。
(従野先生)
私は、言い方は良くないかもしれませんが、やれば良いと思います。人間はやっぱりやっていかないといけないのだと思います。やってもできないことは世の中にたくさんあるとは思います。が、やらないでできないではなく、やろうという気持ちが大切なんだと思っています。子供たちには夢を持ってもらいたい。大きなね。我々指導者も、絶対に叶えるぞという気持ちを持って子どもたちに対していかなくてはいけない。難しいことはたくさんやって良いと思います。

「英語の分割授業は2人の先生で担当する」

(中山)
次に教科指導についてお伺いします。中等科での指導についてはいかがでしょうか。
(太田先生)
高校入試の制約がないので6年間を考えた指導を行うことができます。英語や数学で分割授業が一番の特色でしょう。英語でクラスを分割した少人数の授業と言えば、ふつう英会話に限られますが、英会話以外でも分割授業を導入しています。習熟度別の20名前後のクラスになります。その他、女子大にある英語センターを放課後に利用したり、夏休みの“EnglishSeminar”に参加したりするなど、英語の指導は充実しています。数学では週2・3時間の分割授業を行います。差がついてくる中3では習熟度別にもなり、高校の内容も取りこんでいます。
(中山)
他の教科はいかがでしょうか。
(太田先生)
理科では整った施設を利用しての指導ができていると思います。物理・化学・生物・地学の4分野それぞれに実験室・講義室・準備室が揃っています。この校舎のだいたい3分の1を占めています。実験中心の授業で週5時間、これは開成中の次に多いようです。これだけ理科に力を入れているのに、学習院大の理学部へ進む生徒は少ないので残念です。他大学の理工学部や医学部などへ進むからでしょう。同じように施設が充実している体育も週4時間あります。
(従野先生)
あとは英語の分割授業を2人の先生でやっていることですね。
(太田先生)
日本人と外国人で教えています。授業中はほとんど英語しか使われません。それで英語コンプレックスを持っている生徒が少ないと思います。自然に英語が出てくるようになっています。
(中山)
宿題はどんなかたちで出されるのでしょうか。
(太田先生)
お祭りや美術館に出かけてレポートを書くなど、考えてまとめる宿題が多くなります。特に夏休みの場合は多いですよ。
(従野先生)
高等科ではドイツ語やフランス語を勉強できるのが最大の特徴ですね。あとは数学で高1の間は全員が理科系向けの数学を受けることでしょう。難しい内容ですが、学習院の理学部や他大学の理工系学部を希望する生徒もいるわけですから、基礎は鍛えておきたいと思います。高2からは進路希望に合わせ文系、理系と分かれます。
(中山)
選択の授業はいかがですか。
(従野先生)
とても多いですよ。中国語の選択までありますからね。授業によっては大学の演習形式(ゼミ形式)の授業もあります。5人くらいでも開講している授業があります。「これでは経費がかかって仕方がない」(笑)と学校から言われていますがね。

「入試問題については外部からの辛口の批判も欲しい」

(中山)
最後に入試についてお伺いします。2月3日の入試にされて長いのですが、今後も変更される予定はないのでしょうか。
(太田先生)
今のところはありません。ずっと先まではわかりませんが、今のところ日程の面で大きな変更は考えていません。2月1日にすれば辞退者が少なくて良いとは思います。現在は辞退者の読みがたいへんですね。ただ受験生に与える影響も大きいと思います。
(中山)
試験日を増やすと言うお考えはないのでしょうか。
(太田先生)
それも考えていません。あとは教科の変更、2科4科の選択にすることも考えられますが、他校のお話を伺うと4教科の受験生の方がずっと優秀だということなのであまり変わりがないでしょうね。
(中山)
入試の状況についていろいろお調べになっているようですね。
(太田先生)
入試の状況に不安は感じています。ですから3・4年前にいろいろと調査しました。他校の入試のシステムやカリキュラムなどについて情報集めをしました。今は入試問題についていろいろな意見を求めています。特に辛口の意見を聞きたいと思っています。
(中山)
入試問題について感じていることがあります。算数や国語は記述中心の作問で、考える力や表現する力を要求されているように感じます。それに対して、理科や社会は選択式中心の作問で、知識量や処理力を重視されているように感じます。率直なところ教科によって作問傾向にかなりばらつきがあるようです。入試問題を作成する際に、全教科で問題作成に対する統一の見解を示されるのでしょうか。
(太田先生)
ご指摘の通りです(笑)。一応の方向性はありますが、具体的にどのような問題を作成するのかは各教科に任されています。どのような力を持った生徒が欲しいのかを、各教科で考えて作問しています。社会に関しては問いたいと思っている内容が多いこと、理科に関しては内容ごとの難しさの差が大きいことや小学校で扱う資料が限られていることで、思うような問題を作ることに苦労はあるようですが。私たちとしては塾の立場で、辛口の批評を是非いただけるとありがたいと思って、このごろ特にお願いをしています。他校の問題で良いものだと思われるものは紹介して欲しいと思っています。
(中山)
分かりました。学校としてはどういう生徒を欲しているのかちょっと曖昧なところがあるのではないかと感じます。
(太田)
ずばりと言っていただくことが今後の作問に大いに役立ちます。
(中山)
理科・社会はやはり注目中です。統一性を持たせる必要があるとは思いませんが。4科目受験の他校の場合、意図がかなりはっきりしてきているように思います。
(従野先生)
ここは、教員への束縛が少ないのが伝統なのです。束縛がない分、自分の担当のところは誰にも負けないように一生懸命にやりますよ。
(太田先生)
教員の中には自分の研究に関して他の大学へ教えに行くものも数名います。
(中山)
専門的な力をもった先生方が多いので、中等科や高等科で特別な授業も組むことができるわですね。
(従野先生)
そうです。力のある教員を養成するために学校では積極的に海外で研修する機会も設けています。教育の場として優れた自然環境と熱心で力のある教員が財産ですね。

以上

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☆付記☆従野科長は、指導者としてバスケットボールの全日本総合選手権や日本リーグの優勝の経験、ナショナルチームの監督の経験もある。生徒や選手の指導に卓越した力量を発揮している。科長就任後も指導に対する熱意が失われていない。太田教頭の客観的な目による分析など、力のあるスタッフに支えられた独特の教育が展開されている。
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