2005年4月15日(金)訪問:栄東中学・高校は埼玉県さいたま市郊外の住宅地に位置し、最寄りの東大宮駅からもほど近く通学には便利である。県内に小学校から大学まで多数の学校を持つ佐藤栄(さとえ)学園の学校の1つで、進学校として急速にレベルアップしてきた。埼玉県は長く公立王国と呼ばれてきたが、独特なコース別カリキュラムや習熟度別クラス編成、頻繁に行われる補習など、学力アップのための取り組みがなされ、公立トップ高に匹敵する実績を挙げている。私学人気の高まりの中で今後もレベルアップが期待される。校長(理事長)佐藤栄太郎先生、副校長田中淳子先生、中学入試広報センター科長福島克夫先生、同次長池田美樹先生にインタビューした。
ほくしん教務統括 中山秋子

「相手に全部を与えれば自然にうまくいくようになる」

(中山)
佐藤先生は小学校から大学までいくつもの学校を設けて教育を進められようとされています。どのような経緯でこの学園を開かれたのですか。
(佐藤先生)
もともと母親が築いた学校です。母親は「これからの日本はアメリカと同じように自動車を中心とした陸上交通の時代が来る」と考え、昭和34年に自動車整備士を養成する学校を始めました。
(中山)
先見の明を感じます。確かに自動車が生活になくてはならない時代になりました。
(佐藤先生)
両親が亡くなり、その資産を引き継ぐ際に、「学校を絶対に守り通していかなくてはならない」ということで、学校法人をつくりそこにすべてを寄付するという形を採りました。
(中山)
それ以来いろいろな学校をおつくりになって来られたのですね。新しい学校をおつくりになる際にはたくさんのご苦労もおありだったと思います。
(佐藤先生)
埼玉栄高校をつくった時に埼玉県に認可申請を出すと、「埼玉は芋は育つが私学は育たない」と言われ、「時流に合った職業学校だけで良いのではないか。高校をつくっても苦労するだけだ」と止めるように勧められました(苦笑)。
(中山)
現在の私学志向の強まりとは状況が違ったからですね。
(佐藤先生)
そうです。埼玉は伝統的に志を高く持った生徒は東京の麻布や開成などの私学を目指し、その他の多くの生徒は浦和高校を始めとした公立高を目指すのが当たり前でした。
(中山)
生徒募集にも大変なご苦労があったと思われます。
(佐藤先生)
埼玉栄高校に入学してきた生徒の学力はとても低いものでした(苦笑)。中学時代には「おまえがいないととても静かでよい」と言われるような、困った人間として扱われ続けてきた生徒が多かったのです。
(中山)
どのような指導をされたのですか。
(佐藤先生)
教育の基本としている「人間是れ宝」という考えで接することです。「自分は必要な人間なのだ」という自覚をそれぞれが持つことが大切です。
(中山)
生徒はなかなか納得しないのではないでしょうか。
(佐藤先生)
そうですね。生徒にそのような話をしても、始めのうちは「俺がいなくなれば、月謝が入らないからだろう」(笑)という反応でした。
(中山)
そこでどのような対応をお考えになったのですか。
(佐藤先生)
まず、運動部に入れてレギュラーとして活動させました。チームプレーの場合、メンバーが1人欠けても試合はできません。当然、「自分は必要な人間なんだ」と思えるようになります。それによって、自分の行動にも責任が持てるようになるでしょう。
(中山)
そのことが埼玉栄がスポーツの強豪校として全国に知られる出発点になったのですね。
(田中先生)
理事長は簡単だったように言いますが、とんでもない、実際は大変だったのです。理事長はほとんど家に戻ることもなかったでしょう。毎日、朝から晩まで学校に来ていました。自分で壊れた壁や破れたガラスの補修もしていたくらいです。
(中山)
それは大変なご苦労だったと思います。ご両親から引き継いだ学校をなんとかしようという責任感だけではできないように思います。どのようなお考えの結果のご努力だったのですか。
(佐藤先生)
母親の影響が大きいと思います。洗面器の中で水を自分のところに寄せようとすれば自然と行きます。逆に水を向こう側に押すと自然と自分の方に来ます。このように相手に全部を与えれば自然にうまくいくようになると母親から教わりました。
(中山)
とても素晴らしいお話です。
(佐藤先生)
スポーツが強い学校として認めていただいた埼玉栄も、最近では毎日一生懸命に努力して有名国立大学に合格するような生徒も出てきました。出身中学校の先生に伝えるととても驚かれます。未来を切り拓く原動力は過去の評価ではなく、日々の努力だと本当に実感させられました。本当に「今日学べ」だと思います。

「開校時の危機的な状況をスタッフが団結して乗り越えた」

(中山)
学園初の高校である埼玉栄高校の設立時のご苦労を伺いました。この栄東高校の場合はどのようなお考えでおつくりになったのでしょうか。
(佐藤先生)
佐藤栄学園で、体育面の指導を積極的に進めてきたのが埼玉栄、亡くなった妻が中心になって徳育面の指導を積極的に進めてきたのが花咲徳栄、知育面の指導を積極的に進めてきたのがこの栄東という位置づけです。
(中山)
埼玉栄での成功があったので栄東は順調に開校できたのではないでしょうか。
(佐藤先生)
いやいや、開校当初は同様にとても苦労をしました。進学校を目指して設立した学校ですが、周囲の反応はとても冷ややかでした(笑)。芋は育つが私学は育たない埼玉という土地柄だからでしょう。「私立の進学校なんて成功するわけがない」「選抜の基準が高すぎる、身の程知らずだ」という評価を受けました。
(中山)
そうしたなかでも、基本の考えは変えずに進められたのですね。
(佐藤先生)
その通りです。「生徒とともに夢の実現へ努力しよう」「生徒一人一人を宝にしよう」という基本は変えませんでした。
(中山)
スタッフの皆さんは不安だったと思います。
(佐藤先生)
そうです。現実に昭和53年の初年度の入学者が27人、その後2年間は40人ずつです。いわば風前の灯火と言って良いほどの状態です。しかし「自分たちの力を見せてやろう」と逆に団結が強まり、続けることができました。
(中山)
状況が好転したのはいつ頃のことでしたか。
(佐藤先生)
8年目の生徒から東大現役合格者が出たので人気が上がりました。その後5年ほどして「あれはまぐれだったのではないのか」という見方もされましたが(笑)、全体のレベルアップもあり今は落ち着いた状況です。
(中山)
では、そこに至った栄東での指導の基本をお教えください。
(佐藤先生)
開校時から40人クラスで習熟度別の授業をしてきました。習熟度別授業と言うと何か差別的な見方をしているという印象を持たれる保護者もいらっしゃるようですが、個々の状況に応じた対応をするには良い方法です。実際にはさらに随時、補習をしているのでより細かい対応になっています。
(中山)
確かにそうなりますでしょう。
(佐藤先生)
入学試験をパスしてきた生徒は心をかけ手塩にかけて育てていかなくてはなりません。まず中学では「東大クラス」「難関大クラス」、高校では「アルファコース」「アドバンスコース」というコース分けを行いそれぞれの生徒の希望に沿って指導を進めます。授業の面でも「ホームルーム」と「レッスンルーム」を分け、わかる授業、わからせる授業を目指します。
(中山)
担当される先生方の不断の努力も必要でしょう。
(佐藤先生)
そうです。教師には生徒個々の状況を把握してその場で適切な対応をするように伝えています。きめ細かい対応ができるように専属教員の数を多くしています。教員1人あたりの生徒数が14名くらいだと思います。
(田中先生)
生徒数はもう少し少ないと思います。教師と生徒の関係が身近で、担当の教師以外でも空いている教師には気軽に質問できるような環境です。
(佐藤先生)
他にも、合理的に設備を利用できる環境にすることを心がけています。使われない設備がないようにしています。パソコンなども常に指導者が待機して生徒が使いたいと考えた時に使えるようにしています。教員は朝から晩まで熱心につとめています。
(中山)
教師の皆さんには何か特別な要望をされているのですか。
(佐藤先生)
そうですね。週40時間勤務のうち、授業は20時間以下にして、生徒への対応には20時間以上かけてほしいと採用時から伝えています。きちんとした仕事ができていれば、教師は生活の面の心配がないよう配慮もしています。
(田中先生)
力を発揮できるということでやりがいを感じている教員は多いでしょう。恵まれているので教員はなかなかやめないです(笑)。
(中山)
生活面の心配がないことで、熱心に指導に打ち込めるのでしょう。
(佐藤先生)
もう一つ。集まってくる生徒たちも、兄弟姉妹で通っている場合が多いです。「栄東は良い学校だ」と言われるようになりました。
(中山)
埼玉県でも中学入試が一般化しました。栄東は数多くの受験者が集まる、人気校になっています。
(佐藤先生)
自分で学べる生徒が多く通っています。ですからやめる生徒も不登校の生徒もいません。
(田中先生)
確かに不登校の生徒はいません。やめる生徒も家庭の経済的な事情で公立中・高に代る場合はあります。以前は中学を終えて公立トップ高へ進む生徒が何名かいましたが、最近はほとんどいません。

「これからの私学は学費に頼りすぎてはいけない」

(中山)
佐藤先生は小学校から大学まで多数の学校を経営されていますが、学校を増やし続けられた理由をお聞かせいただけますか。
(佐藤先生)
佐藤栄学園に協力してやろうという後援者が数多くいたことが大きいですね。また学校を是非開いてほしいという自治体からの要請と援助もありました。とても感謝しています。
(中山)
少子化が進んだことや景気の問題などで私学は経営が難しくなっていると聞いております。これだけの学校を経営されるためにはいろいろな工夫があると思います。
(佐藤先生)
この学園の利点は学校の数にあります。例えば何かを実行してコストダウンを図りたいと思えば全部の学校で取り組むことができます。その点では、現在の私学は努力が足りない面も多いと思います。
(中山)
どのようなことが努力不足だとお考えですか。
(佐藤先生)
まず学費など生徒からの収入に頼りすぎている点が問題でしょう。また私学助成金に期待しすぎていることにも問題があります。
(中山)
学校法人は営利事業はできないと思いますが。
(佐藤先生)
確かにそうです。しかし、営利を目的としない団体ですから税制上大きな優遇があります。その利点を活かして資産を教育に振り向けていくことは可能でしょう。
(中山)
なるほど。では、そのような状況を考えた上で、具体的にはどのような取り組みをされているのですか。
(佐藤先生)
大宮駅前に法科大学院を設けました。21世紀型教育のあり方を考えています。月謝に頼るだけの姿勢を改めるとともに、教育の本来の目的である「人をつくる」方策として新しい方法を考えました。
(中山)
どのようなことでしょうか。差し障りがなければお話ください。
(佐藤先生)
ビル1棟のうち、10階までは大学院に使用しますが、その上をテナントに貸し出し家賃収入を得ます。それを寄付する形で学園が使用することにします。それを原資に学生に授業料を貸し出し、卒業後5年かけて返済させるシステムにしました。
(中山)
斬新な奨学金のシステムだと思います。
(佐藤先生)
家庭の経済力の差で学ぶ機会に差がでるのは残念なことです。学びたいという意欲が第一のはずです。
(中山)
最近は東大生の家庭は経済的にとても豊かであるということが話題になっています。実際に教育にかかる費用はかなりな金額になります。
(佐藤先生)
そうかもしれません。しかし、意志が強くあれば方法は見つかると思えます。奨学金のシステムもその一環です。貸し付けを受けることでお金がなくても学べるというシステムづくりは大切です。もちろん借りたお金は学業だけに使う条件は付けます。さらに彼らが後輩のために責任を持って返済することも大切です。必ず責任を果たすということは教育の最も大きな役割の「人づくり」という点でも重要でしょう。
(中山)
公立校の現状を考えて私学に行きたいと思っても、経済的に難しい場合も多いので、このようなシステムがどんどん広がると良いと思います。
(佐藤先生)
とはいっても、このような方法をそのまま中学・高校へ利用することは難しいと思います。返済の責任が保護者にあるので、自分の責任ということが十分に意識できないことになりますから。
(中山)
生徒自身にはそうですね。でも保護者にとっては朗報です。ぜひ中学・高校でも採用していただきたいものです。
(佐藤先生)
学園13校を通じた奨学金制度を考えています。いわゆる特待生制度ではなく広く一般の生徒を対象としたものでなくてはなりません。もともと栄東は特待生をあまり採らず、学費を安く設定しています。
(田中先生)
特待生は全くいないわけではなく、学年で10名くらいはいます。
(佐藤先生)
埼玉県の私学では多くが生徒数の1割程度を採っていますので、かなり少ない人数だと思います。
(中山)
先ほどのお話は、やはり貸し付けの方法を採られるのですか。
(佐藤先生)
そうです。「自分の口は自分で漱げ」という通り自らの責任で学費を支払うことも大切なことだと思います。自分で稼げるようになるまで7年間は据え置きで大学卒業後に返済を始めるようにすれば良いと考えています。平成20年頃にはできるのではないかと思っています。
(中山)
ぜひ実現していただきたいと思います。

「学校にどんどん足を運んでみてほしい」

(佐藤先生)
募集や入試問題など、具体的な内容はただいまやってきた福島と池田がお答えします。
(田中先生)
2人は入試広報センターを担当しているので、入試関係のことはよくわかっております。また具体的な生徒のようすなども遠慮なく尋ねてください。
(中山)
佐藤先生はこの学校には週に何日おいでになるのですか。
福島先生
2日です。今日は小学校でも就任式があってそちらから回ってきました。
池田先生
2日間ですが生徒には人気があります。やってくると生徒に囲まれています。副校長は「校長は学校の癒し系だ」と言っています(笑)
(福島先生)
クラブ活動でがんばっている生徒たちには差し入れをするなど、いろいろ気にかけてくれるのが生徒にもわかっているのでしょう。
(中山)
なるほど。それでは、入試についてお伺いします。コース別に複数回の入試を設定されています。入試科目の設定も含めて、当面は変わらないのでしょうか。
(福島先生)
はい。細かい日程は変更になることもあるでしょうが、基本の方針は変わりません。
(中山)
進学校と呼ばれる学校では2科で受験できる学校が少なくなって、受験の機会が減っていることを危惧しています。特に最近増えてきた小6からの「駆け込み受験」の生徒には4科受験はとても難しいと思います。
(福島先生)
4科受験一本でやる方がよいという声も伺います。が、確かに小6からの受験勉強で4科は難しいでしょう。2科受験で入った生徒でも入学後大きく伸びる生徒もいますので、当面は変えないでしょう。
(中山)
安心しました。入試問題はとても難しい問題が出されますが、2005年の入試を見る限り算数だけ飛び抜けて難しかった印象を受けます。東大クラス選抜の場合は、合格点が男子40%、女子は30%ぐらいではないかと思います。
(池田先生)
ここにデータがありますが、全くその通りです。難しかったという話はよく聞きました。
(福島先生)
選抜試験という観点から考えると、特定の教科だけ平均点が低いのは問題だと言えます。ただ、教科担当が入学後に必要な力を診たいという気持ちで作ったと思いますので、易しくなるかもしれませんが基本の方針は変わらないでしょう。
(中山)
栄東と別の学校を受かったのだけれどどちらを選べばよいかという質問が私どもの「中学受験相談」のサイトに多く寄せられました。「偏差値や指導内容に加えて、先生・生徒の様子、校舎の設備なども考えて選ぶのがよい。また女子の場合には通学路など周辺環境も考えなくてならない」とアドバイスしました。生徒・保護者の皆さんには具体的にはどこを見てほしいとお考えですか。
(福島先生)
今年、入学決定後の学校見学者が多くて不思議に思っていましたが、そのようなアドバイスがあったからかもしれませんね。どんどん校内を見てほしいと思います。特に見てほしいのは学園祭ですね。
(中山)
学園祭は各学校の特色が表れます。ここは共学ですが、一般では「男子校のノリ」と呼ばれるように、普段ならできそうにないことも勢いでやってしまうのはよいですね。落ち着いた研究発表が多いのもなかなかよいと感じます。
(福島先生)
おっしゃるとおり、本校は男子校のノリに近いものがあります(笑)。例えば御神輿を製作したクラスがありましたが、とても素人がつくったものには見えませんでした。
(池田先生)
「こんなものをよくつくったな」(笑)と驚きましたね。普段の彼らからは想像できませんでしたね。
(中山)
一度決めたらそこに向かってまっしぐらに進むのは若い時期にはとても良いことです。
(池田先生)
ただ、普段の勉強や生活の面でもそれが発揮されるともっとよいでしょう。今後にも大いに期待しています。
(中山)
最後に栄東を受験したいと思っている受験生と保護者の方にアドバイスをお願いします。
(福島先生)
実際に何度も学校に足を運んで生徒や先生の姿を見ることが大切だと思います。6年あるいは10年も通うわけですから、一般に言われていることだけから判断しないでほしいと思います。

以上

学校風景1学校風景2学校風景3

☆付記☆佐藤理事長は私学教育のこれからのあり方を考え、独自の教育を進めようという意欲と熱意に溢れている。田中副校長以下のスタッフも理事長を支えつつ、よりよい教育の実践を目指して、自分の意見をはっきり述べて活動している。学校全体がエネルギーに満ちているように感じられた。
栄東URL