2000年3月8日(水)訪問:成蹊学園は吉祥寺の繁華街からバスで5分ほど、武蔵野市の住宅地の中にある。広大なキャンパスは小学校、中学校、高等学校、大学が集まり、さまざまな施設も整っている。成蹊中学校は併設の高等学校との6年間を通じて、独特の教育を展開している。そのため、成蹊大学への内部進学者、他の難関国・私立大学の進学者など、多様な進路を選ぶ生徒が多い。99年から2科・4科選択の入試へ移行した。長い伝統を持っていることもあって、中学入試全体に与える影響も大きい学校である。学校長横地孝先生、入試担当和田一誠先生にインタビューした。
ほくしん教務統括 中山秋子

「物事の判断がつく生徒に育てたい」

(中山)
成蹊は伝統的に自由で生徒の個性を尊重した教育で知られています。同じような校風を持つ学校は数多くあります。しかし、「自由」や「個性の尊重」という同じ言葉でもあっても、学校によって微妙に意味が異なるように思います。 成蹊で行われている「自由」、「個性の尊重」の教育上の特徴についてお話ください。
(横地先生)
成蹊では伝統的に強制して何かをさせるとうことはありません。他の私立学校のように、「…しなさい」あるいは「…してはならない」ということを列記した校則もありません。
ですから、今日お出でになって、他校では禁止されているルーズソックスをはいている女子生徒も多かったと思います。男の子はおしゃれのしようがないのであまり目立ちません(笑)が、女の子はおしゃれに関心があり流行に敏感ですね。ルーズソックスよりも最近はポロマークの紺のソックスが流行っています。こういう現象は突然起こりますので驚きます(笑)ね。
(中山)
服装の指導やいろいろなマナーの指導などをされるのですか。
(横地先生)
月曜から金曜まで毎朝8時15分から朝礼があります。長い伝統のある、精神統一のための「凝念」を行ったあとで私が短い話をしています。 「凝念に臨む前には服装を整えましょう」というように。また、ホームルームの場で生徒同士で話し合いをもったり、担任が指導をしたりということはあります。
(中山)
効果はいかがですか。
(横地先生)
大部分の生徒は自然にわかるようです。言ってもわからない子にはそれ以上、厳しく言うことはありません。今は分からなくともいずれは自分で物事の判断ができるようになります。 高校生になるともっとひどい状態になる生徒もいます。いわゆるガングロの子もいますが、そのようなわがままな振る舞いを自由だと思ってほしくないと思っています。
(中山)
自然に物事の判断ができたりマナーのような、生活をしていく上で大切なものを身につけるには、保護者の協力が絶対に必要だと思いますが。
(横地先生)
そうですね。父母会などではお母さん方によく言います。「『いってらっしゃい』と送り出した時、子供のすがたを見て『これはまずいな』と思ったなら、その段階でやめさせてほしい」と。 送り出した後で学校に「こうしてほしい」と言ってもうまくいかないのです。「正直言ってできることととできないことがあります」とはっきり言って協力を求めます。
(中山)
物事の判断をできにくくしているのは大人の責任が大きいと思います。
(横地先生)
生徒たちに是非できるようになってほしいと思っています。また、きっとできてくれると確信があります。周りの大人の有様も無論大切です。

「いろいろなタイプの生徒を受け入れる」

(中山)
成蹊に入るには高い学力が必要です。そのためには、受験に備えた勉強をしっかりとやることが必要です。受験勉強は子供たちの性質に偏りや歪みを生じさせているのではないか、という社会や保護者の懸念があります。成蹊に入学してきた子どもたちをご覧になって、このような懸念についてどのようにお感じになりますか。
(横地先生)
受験のためだけに偏った勉強をしてきた生徒は欲しくないとは思います。 しかし、2教科で相当に厳しい受験勉強をしなくては合格できなかったのが現実でしょう。 これまでは、理科・、社会・音楽・体育など、直接に受験とは関係のないものにまで力を入れることは難しかったと思います。興味や関心の範囲が狭い子どもたちや体力のない子どもたち、運動能力の低い子どもたちが多かったかもしれません。
(中山)
そのような子どもたちはどのように指導されてきたのですか。
(横地先生)
創立以来、いろいろなタイプの子どもを受け入れて育ててきた学校です。 4教科でも受験できるようにしたのも、もっといろいろな方面に興味や関心を持った子どもたちを受け入れたかったからです。 入学してくればこの恵まれた自然環境や設備の中で楽しみながら学ぶことができます。中学、高校の6年間あるいは大学を含めて10年間、人格的なものまでも含め、じっくり育てていくことができます。 ここでの生活で自分の弱いところや欠けているところを見つけ、身につけてくれれば良いと思っています。成蹊での生活を楽しんで欲しいですね。
(中山)
私たちが私学を勧めるのも、中高一環教育の中でたくさんのことが育つと思うからです。幅広い興味や関心、物事の判断力など、充分に育たないうちに高校受験を迎えて、自分の将来を決めなくてはならないのは難しいと思います。 ただ、そのように恵まれた中学受験であっても、入学後どうしても学校になじめないで、不登校や退学をしていく生徒が増えているのが実情です。成蹊ではいかがでしょうか。
(横地先生)
これだけ恵まれた教育環境があり、自由に物事に取り組めるようにしている学校であっても、現実に学校に足が向かなくなる生徒が、中学、高校とも増えているのは残念なことです。
(中山)
私立、公立によらずどこの学校でも同様な話を伺います。 成蹊ではどのように対応されていますか。
(横地先生)
学園内に保健センターという場所があり、所長以下、養護教員、各専門の医師が交代で常駐して、カウンセリングなど必要なことを行っています。 この中学・高校の校舎にも保健室があり、養護教員2名、カウンセラー2名が交代で必ず在室して、いつでもカウンセリングなどができるようにしています。 女子に対するカウンセリングのシステムは、私がこの学校に来た昭和45年には、すでにありました。
(中山)
そんなに前からあったわけですね。現在の保健室の利用状況はどのようなっていますか。
(横地先生)
子どもたちはいろいろな相談をしに行くようです。恋の悩みなどもするようです。 また、保護者からの子どもたちに対する接し方や困ったことについての相談もあります。
保健室は幅広い相談に対応しています。 それだけではなく、ご承知のように、成蹊には小学校から上がってくる生徒、帰国子女の生徒など中学受験を経てではない生徒もたくさんいます。これらの生徒が、見事に自己主張したり、いろいろなことに前向きに明るく取り組んでいるのが大きなうねりのようになって、生徒同士で解決していく例も多くあります。
(中山)
いろいろな生徒が集まっていることが、相互の理解や協力を生むのですね。 話は変わりますが、子どもたちが私学を選ぶ理由の一つにクラブ活動が充実していることがあります。成蹊は環境に恵まれて設備も充実しているので、盛んであろうと思いますが、いかがでしょうか。
(横地先生)
確かに盛んだとは思いますが、中学、高校とも、最近は全国レベルの活躍をする運動系の部活動が少なくて残念なことだと思っていました。 ところが、99年の夏の全国大会で男子硬式テニス部が優勝しました。実にうれしいことでした。また、文化系の部活動でも「しし座流星群」の観測などでも活躍が評判になりました。

「各教科の責任が大きい」

(中山)
いろいろな資料を拝見すると教科指導の面でも独自の指導を展開されていらっしゃいます。 その基本となる考え方はどのようなものでしょうか。
(横地先生)
まとめて言えば、本物に触れ、本物を知ることが大切だと考えているということです。 その最もわかり易い例としては、昔から続く「夏の学校」が挙げられます。 1、2年生が自然の中で理科や社会科、芸術などの体験学習をして来るものです。 卒業生で、その方面に興味、関心を持っているものも手伝いにやってきます。期間も長くて、他の学校では1、2泊で済ますところが3泊、4泊します。お金がなくなるまで(笑)という感じです。
(中山)
卒業生が手伝いに来てくれるというのは素晴らしいですね。 平常の授業で各教科の指導を充実させるために、どのようなシステムで取り組まれていますか。
(横地先生)
授業を充実させるためのシステムというよりも、教科会などでの研究活動が大きいと思います。教師は中学、高校の区別なく、専門分野の授業を担当しています。 それぞれが研究日を使って勉強して、その成果を授業の中で提供しようとしています。
(中山)
そのような授業は先生方の高い能力が必要になりますが、先生方の採用についてはどのような方法を採られているのですか。
(横地先生)
基本的には公募ですが各教科が責任を持って選んでいます。 授業だけができれば良いというわけではなく、良い授業を提供できるかどうかが判断の基準です。良い教師がいなければ良い教育はできませんから。 でも、このような話は和田の方が詳しく述べられると思います。 和田から聞いてください。
(和田先生)
教科の立場としては、まわりから批判されるような人を採れないということです。 社会科の場合、学会などで接触のある方にお願いして紹介してもらい、その中から我々で慎重に選ぶこともあります。
(中山)
採用された先生はすぐに教壇に立つことなるのですか。研修を経てからという学校が多いようですが。
(和田先生)
研修しなければ教壇に立てないような人は選びません。 相互に刺激を受け合いながら、授業のレベルを高めていきます。新しい先生から刺激を受ける場合も、年配の先生から刺激を受ける場合もあるわけです。
(中山)
その結果が総合学習を先取りしたような、評判の社会科の授業になるわけですね。
(和田先生)
そうですね。現在のカリキュラムは92年からスタートしました。 90年頃から検討会議を開いて、他の教科とも情報交換をしながら作り上げていきました。文部省の方針はしょっちゅう変わる(笑)ので、方針や基準が変わるたびに議論を繰り返してきました。しかし、従来から文部省とはちがう次元で考えてカリキュラムを組んで指導をしています。

「成蹊のエリートは他の学校とは異なる」

(中山)
成蹊は高校卒業後の進路が多様です。中学校では教科を絞り込まないで幅広い興味や関心を培う指導がされているとお聞きしましたが、高校の段階での指導はいかがでしょうか。
(和田先生)
本当のことを言えば、青春を楽しく過ごしてほしいと考えていますから、目先の受験のことを考えてほしくない(笑)のです。 中学を終えたあたりで、自分の適性を知り進路を決めることは無理だと思います。だから、選択制やコース制などは早い時期からは採用したくないのです。 が、自分で進路を決める時期が迫っているのでそうもいきません。高2の始めに文系か理系だけは決めるようにします。ただし、他の学校のコース制とは異なり、ほんの一部の教科の内 容が異なるだけです。緩やかな分け方ですから、高3で理系から文系に変わる生徒もかなりいます。逆は難しいのですが。
(中山)
進学のための教科指導にはどのような特色があるのでしょうか。
(和田先生)
英語や数学ではグレード制を採用して学力を伸ばしていきます。生徒がどのような進路を選ぼうとも、それに充分な学力をつけていきたいと教師全員が強く思っています。
(中山)
では、成績不振な生徒には補習や補講なども行われるのですか。
(和田先生)
全くやりません。授業という形では力をつけることができないから、生徒は成績不振になります。ですから、同じような授業の形では無駄だと思います。 個別に課題や指導などで対応するようにしています。生徒の個別課題やノートのチェックでたいへんな教師もかなりいますが、みんな自分の教科の力をつけるために一生懸命です。
(中山)
生徒に対してこのような大学を受けてほしいなど、成蹊としての進路指導の方針はあるのですか。
(和田先生)
全くありません。外部の方から見ると、東大何人、早慶何人という進学実績が大切なことに思われるでしょう。しかし、もともと学校の規模も小さいので、そんなに目立つ数字が出るはずもないですから。
(中山)
推薦で成蹊大を目指す生徒と、外部の難関大学を目指す生徒では学力の差があるようにも思われますが。
(和田先生)
成蹊大への推薦基準は相当な高さです。推薦は楽だということはないので、外部のいわゆる難関大を狙う生徒との学力差は大きくはなりません。また、成蹊でエリートと認められるのは、東大を出て中央官庁の官僚になって羽振りを利かす者ではなく、セントポールズ校へ行く生徒たちです。 教師が人選するのですが、世界の将来を背負う人材を選んでいるという意識あるので、誰を送るか決める際には緊張します。しかし、その緊張も良いものです。校長も学校案内などで述べているように、成蹊は世界のどこでも通用し貢献できる人物をつくる教育をしています。その教育に携わっていることが実感できますから。

以上

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☆付記☆伝統を大きな基盤に、研鑽を重ねる教師の力を感じた。横地校長には成蹊の教育に対する自信と愛がある。教師陣は単に教科書内容の指導をするのではなく、いろいろな研究や取り組みをした上で授業をする。課題である情報公開・利用も若い先生たちを中心に進められるようだ。
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