「戦争の爪痕が残っていた時代から日本の様子を見ている」
(中山)
28校の学校を訪問させていただいているのですが、今回初めて外国人の校長先生を訪問させていただきます。大変嬉しいことだと思っております。
(トランブレ先生)
そうですか。昔はかなり多かったんですけど、少なくなりま
したね。
(中山)
先生は聖光の校長先生になられて15年とお聞きしましたが、校長先生をなさるまでのプロフィール、キャリアを是非伺いたいと思います。
(トランブレ先生)
わかりました。
68年前にカナダで生まれ、カナダでこの学校の母体になる修士会に入会しました。
カナダでは1年間教師をやった後、イギ リスに2年間英語の勉強のために留学しながら、姉妹校でフランス語とラテン語を教えていました。
その後、日本に来たんです。
(中山)
日本においでになったことには、何か特別な理由があったのでしょうか。
(トランブレ先生)
特別な理由はなかったんですが、修士会では外国で仕事したい者はその希望を出しても良かったわけです。
ただ、どこへ行くかということについては自分で決められるわけではなく必要に応じて派遣されるということなんです。それで私はたまたま日本に派遣されました(笑)。
(中山)
いつごろ日本においでになりましたか。
(トランブレ先生)
1955年に日本へ参りました。
(中山)
当時の日本の印象はいかがでしたか。
(トランブレ先生)
非常に貧乏というか、まだ戦争の爪痕が各地に残っていました。
特に横浜では、伊勢佐木町あたりなど横浜の中心地には建物ひとつも残っていませんでした。川崎あたりの工場はまだ建て直してなくて、煙突だけが立っていました。
みんな貧乏だったわけですよ、我々も含めて。
ただ若かったから特別に苦労は感じませんでしたね。
最初は世田谷の国際学校で小学生を教え、その後、南林間の混血児のための孤児院で働きました。その間に日本語をマスターして、1961年にこの学校にやってきました。
そのころから見ると大きく変化しましたね。
「正しい善悪の判断、礼儀などは、教えられれば必ずできる」
(中山)
当時の聖光学院はいかがでしたか。
(トランブレ先生)
カナダやイギリスの学校では、私がやさしそうに見えるらしく生徒はあまり話を聞いてくれなかったんです(笑)。
でも、聖光では教室に入ると生徒は話を止めて黙って授業を聞いてくれるんですね。
「とても良い学校に来たなぁ」と思いました。
でも、最近は随分変わってきていますね。少しざわつく教室もあるんです。
(中山)
変わってきた原因は何だと思われますか。
(トランブレ先生)
家庭での躾がかなり緩んできたのだと思います。
子供はお金を持って好き勝手なことをしていますね。親の言うことはあまり聞かないし、親もあまり強く言わないようです。
中1で入ってくる生徒を見ると躾はあまりできていないと思いますね。
(中山)
中1では生活指導が重要なことになるのでしょうか。
(トランブレ先生)
そうです。1年間かけて基本的な躾に取り組みます。
例えば、授業中、先生が話している時は生徒は黙って聞くことを指導します。
子供たちは「学校で一番大切なのは勉強だ」ということを忘れているのです。
現在の小学校では授業中でも構わず遊ぶとか、先生が話していても好き勝手に話すとか、
あるいは、勝手に教室から出てしまうとか、ということがあるようです。
しかし、聖光に入ると、「聖光ではそのようなことは許されないことだ」と教えるわけで
す。
(中山)
要項やホームページを拝見しますと、「子供の教育のためには、学校と家庭と社会の3つが常に協力をし合わなければならない」というお話があります。
実際には保護者にはどのように対応されているのですか。
(トランブレ先生)
家庭を取り巻くさまざま社会情勢などから、家庭での教育は難しくなっていると思います。
しかし、できるだけ基本的なこと、良いことと悪いことの区別ができるとか、
正しい礼儀を身につけているとか、気持ちの良い挨拶
ができるとか、
これらは本当は家庭の中でしか教えられないものですね、でもできないんですよ。
実際に教えられていないから。
だからそのような当たり前のことを是非教えてほしいと、保護者会などではよく言います。
(中山)
保護者の反応は以前に比べていかがですか。
(トランブレ先生)
このように言われると、何か特別な努力がいるように思われるようですね。
「そこまで我々がやらなければならないのか」とか、「なぜ学校でやらないのか」とか、
という反応です。残念なことですね。
「ルールははみんなで決めてみんなで守るという意識を育てたい」
(中山)
守るべきことは校則として定められているわけですか。
(トランブレ先生)
そうです。
子供たちにルールの必要性を教えなければならないからです。
たとえそのルールが作られた理由が完全に理解されていなくても、一旦決まった以上は絶対に守らなければならないということを教えます。
大人になれば、自分の自由を束縛する法律に従わなければならないわけですから。
(中山)
難しいように思われますが、どのように取り組まれていますか。
(トランブレ先生)
なぜ法律を守らなければならないかというと、
それは「大多数の幸せを守るため、社会の秩序を守るため」と話しています。
そして「ルールはみんなで決めて、みんなで守るものものだ」と教えます。
特に「みんなで決める」ということを重要視しています。
学校と生徒会とが相談しながら校則を変えたり新たに作ったりします。
必ずしも学校の考え方と生徒会の意見と一致するとは限らないんですが、生徒会の意向を聞いて校則を変えたり、学校が校則を変えたい時に生徒会の意向を聞くようにしています。
(中山)
いろいろな考えを持った生徒が集団で生活しているわけですから、当たり前の校則でも徹底するのは大変なことでしょう。
(トランブレ先生)
そうですね。
ここでも家庭との関係になるのですが、昔は校則を守らせるには保護者の協力があったんです。しかし、今は全くと言って良いほどないです。
例えば、髪の毛を染めてはいけないという校則については、どこの私学にもあるものでしょうが、ウチでも茶髪で学校にくる生徒がいます。
親も当然知っていることでしょう。一緒に生活していますからね。
でも「これは校則に反するからダメだ」とは言えないのです。
結局は学校で注意をするわけです。親は子供に対して弱くなってきたということでしょう。
(中山)
教育に自信がないということでしょうか。
(トランブレ先生)
そうです。特に男の子に対して教育する力が非常に弱くなっ
てきたようです。
神奈川県内の夫婦に調査したという記事によると、「男の子か女の子かどちらがほしい」という問いに、「女の子がほしい」という答えが75
%にもなっていました。
その理由が、第一に「教育しやすいから」だそうです。
親の言うことを聞く、優しいということなのでしょう。男の子は「反抗期の時は乱暴になる、親に対しても言葉遣いが荒い」などとも書いてありました。
もっと私は自信を持って子供の教育に取り組んでほしいものと思います。
(中山)
いろいろな学校をお尋ねして、子供たちあるいは保護者の方々の様子が変わってきていることで学校で随分ご苦労なさっているというお話を伺いました。
例えば、先ほどの校則違反の茶髪の生徒が学校に来ると、どういう対応をなさるんですか。
(トランブレ先生)
注意します。あきらめないで段階的に注意するんです。
まずは担任、次は生徒指導部、その次が教頭、
万が一それでもだめだったら、最後は校長です。
校長までくると、親も一緒に来ることになりますが。
(中山)
そこまで段階があるのですね。
(トランブレ先生)
髪の毛そのものは大した問題ではないんでしょう。
カナダでは子供たちの髪の毛の色は様々ですから(笑)。注意されると「なぜ日本では黒でなければならないのか」と逆に質問してきます。
本当はそんなことを校則にすること自体がおかしいのかもしれないですね(笑)。
しかし、カナダでも子供に対して髪を染めることは許さないんですよ。
「学生・生徒が大人の真似をそんなに早くやる必要はない」という考え方があるのです。
まずは勉強、そしてスポーツに取り組むのが良いというわけです。
「カトリックの学校は宗教的な行事が少ない」
(中山)
学校行事について伺います。
要項などを拝見すると小学校では経験できないような行事もあるようです。
宗教に関係した活動に参加をすることは必修なのでしょうか。
(トランブレ先生)
そうです。義務づけられています。ただ、宗教的な活動はそんなにたくさんはないのです。
外部の方から見れば「たくさんやっているなぁ」
とお思いになるかも知れません。
しかし、聖光はカトリック学校ですから毎日礼拝があるわけではないし、クリスマスの行事、慰霊祭、それからイースターだけが全員参加のものです。
(中山)
これらの行事は先生方が準備されるのですか?
(トランブレ先生)
そうです。
(中山)
生徒たちが関わるということはないのでしょうか。
(トランブレ先生)
カトリック信者の生徒は手伝ってくれます。
他に学年によって自由参加の活動もあります。
例えば、中1の生徒が参加する入学祝福ミサなどです。自由参加の活動には4分の1くらいの生徒参加ですね。
(中山)
それではカトリックに関心を持っていない生徒も違和感なく生活を送ることができるわけですね。
(トランブレ先生)
そうです。日本式に「大学に進学できるようにと神様にお祈りする」という生徒もいるだろうと思いますよ(笑)。入試の前に行われるミサもありますから。
(中山)
先生は授業をお持ちなんですか。
(トランブレ先生)
いえ、今は持っていません。6年前まで持っていました。
(中山)
寂しくなられたのではないですか。
(トランブレ先生)
寂しいですね(笑)。
ただ聖書研究会の場で教えています。 わずか20、30人の生徒相手ですが。
(中山)
聖書研究会の生徒たちの勉強会で何か心に残ることがありましたか。
(トランブレ先生)
心にはどの程度残るかはわかりませんが、生徒は非常に素直に聞いています。
中1と高1とを教えていますが、宗教に関して偏見を持っていないところは良いですね。
西洋文化とキリスト教とは一致しています。ですから、西洋を知るためにはキリスト教を絶対に知らなければならないと考えて教えています。
(中山)
生徒からいろいろな質問が出てくるのでしょうか。
(トランブレ先生)
中1ではあまりないのですが、高校生からは
「なぜキリスト教徒であっても悪いことをする人がいるのか」、
「神様が全能と言いながら、なぜ世の中が非常に混乱しているのか」
などと尋ねられます。我々も完全に理解できないようなことを聞かれます(笑)。
完全に答えることはできません。
「それは神様の決めたことですから仕方ない」、「天国行けばきっと分かります」
と答えるんです。
「卒業生が『学校の授業だけで進学指導は大丈夫だ』と言ってくれる」
(中山)
次に教科指導や進学指導の面について伺います。
いわゆる難関校の中では珍しく特別なクラスが設けられていますが、どのようなお考えからなのでしょ
うか。
(トランブレ先生)
生徒の志望大学に沿うためです。上位の生徒は東大など難関国立大学を志望するので授業の内容が異なるからです。
もともと早慶、特に慶応を目指す者が数多く入っていますので、さらに上位を狙う生徒には特別に対応しているということです。
(中山)
どのようにクラス編成をされるのですか。
(トランブレ先生)
高2から文科系コースと理科系コースをひとつずつ設けてい
ます。
6クラスのうちに2つの選抜クラスと4つの普通のクラスになります。
でも高1まではみんな均等なクラス編成です。
(中山)
生徒の志望をもとに選抜されるのですか。
(トランブレ先生)
学力をもとに決めています。
東大などを志望する生徒は上位の学力を持っている生徒になりますから。
(中山)
聖光の場合、学力が最上位の生徒が集まっているので、クラス分けなど不要ではないかという考えもありますが。
(トランブレ先生)
実際には東大の志望者はだいたい30人くらいです。
受験するのはその2、3倍はいるのですが。
同じ大学に行きたい生徒を一緒にして授業をするのが良いだろうということで、いわゆる習熟度別のクラスとはかなり異なると思います。
(中山)
聖光は「学校に任せれば予備校に行かなくても良い」という評判がありますが、補習や講習などのシステムが完備しているからなのでしょうか。
(トランブレ先生)
伝統ができたのですね。卒業生が「学校の勉強をきちんとすれば大学受験もうまくいく」と話をするのです。
卒業生が在校生に話をする会がありますから、その場でも話してくれます。
「学校の勉強さえすれば、どこの大学でも、東大でも行ける」と生徒は信じるわけです。
先生よりも先輩の話の方が信憑性が高いのです(笑)。
学校としては随分助かりますね。夏期講習や補習など全員が参加します。
(中山)
指導をきちんとしてくれて、言葉は悪いですが、丸抱えで受験に臨ませてくれる学校というのは希少になっています。
(トランブレ先生)
でも悪い点もあります。ウチの生徒は浪人しないのですよ。
私としては早慶に受かったのだから、もう一年勉強して東大に入ってほしいという思いもありますね(笑)。浪人をしないのも伝統なんです。
(中山)
先生方も早慶に入った生徒たちに「浪人して来年は東大を受けるといい
よ」と話されることもあるのですか。
(トランブレ先生)
ありますが生徒は聞かないのです。(笑) 「早慶で十分だ」
と言いますね。
社会に出ればそんな大きな違いはないと分かっているのですよ。
「進学実績をさらに上げたい」
(中山)
これから先生がおやりになりたいと思われていることを伺いたいと思い
ます。
(トランブレ先生)
そうですね。もう少し大学進学の成績を上げたいと思ってい
ます。
やはり東大50くらいコンスタントに出していきたいものです。
そして、いつまでも厳しい学校でありたいということです。厳しいというのは守るべきルー
ルは妥協しない、ということです。決まったことは、きちんと守る、そういうこ
とです。
あとはできれば、もう少しカトリック信者の生徒を増やしたいですね。
今1300人の中で10人ほどしかいないんです。もう少したくさん入れば良いと思いますが、中学受験に宗教は関係ないですね。
カトリック信者の生徒は受験段階ではもっと多いのです。20人くらいはいるでしょう。でも、残るのは2、
3人くらいしかいないのです。麻布とか開成とか受かったら、そっちへ行くんで
す。だから、宗教は大事なものではないのですね(笑)。
カトリック信者の生徒や先生が多いと宗教の教育もやりやすくなるのです。
でも、できるだけのことをする、ということにしています。
(中山)
カトリック信者の受験生を増やすために強くアプローチをされるということではないのですか。
(トランブレ先生)
何もしていません。これからもないでしょうね。
(中山)
これから聖光学院を受けたいと思っている保護者、あるいは
生徒諸君にメッセージをください。
(トランブレ先生)
われわれが望んでるのは、必ずしもおとなしい子供ではなく
て、人間としての基本的な躾ができている子供たちです。
人間としての躾という のは、挨拶の仕方とか、それから善悪の区別がよく分かるとか、盗んではいけないことかが分かるとか、そういうことです。
われわれはその上に発展的に、もっと広い社会の中ではこういう風に生きなければならないとかあるいは、正義につ
いてもっと深く子供たちと話したいのです。勉強についてはあまり心配はしていません。入ってから勉強させますから(笑)。
でも、みんなよく勉強して入ってきます。
以上
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