1999年3月10日(水)訪問:今回の訪問校は芝中学校。増上寺が創立した学校で、中学校93年の歴史をもちながら自由な雰囲気にあふれた進学校として人気が高い。一時期、大学進学実績が伸び悩みという評価をうけたこともあった。しかし、近年、伝統ある進学校としての底力を発揮し、私立だけではなく、国立の難関大学へ多くの合格者を送り出している。さらに平成11年春には新しい校舎・施設が完成し、一層の飛躍が期待されている。学校長助川幸彦先生、教頭廣澤廣先生、入試委員長石川年也先生にインタビューした。
ほくしん教務統括 中山秋子

「自分を生かし他人を生かす」

(中山)
芝中学・高校は厳しい進学指導の体制が取られておらず、自由な雰囲気にあふれ、明るい生徒が多い進学校という評判があります。これは、どのよう な教育方針によって生み出されたものですか。
(助川先生)
本校は仏教の理念に基づいて設立された学校です。 仏教では「人間 を含めすべてのものは生かされている」という根本の考え方があります。 校訓で ある「遵法自治」とは「真理に従って自分を治める」ということですが、自分を治めることは自分を生かすことで、自分を生かすためには他人も生かさなくては ならないと考えています。生徒諸君には自分を生かし他人を生かす生き方をして ほしいと願って教育しています。
(中山)
お話しの点に関連して、「仏教は古臭い、時代遅れだ」などとマイナスのイメージを持っている人が多いようです。 実際、仏教の考え方に基づく教育を されている立場としてどのようにお考えですか。
(助川先生)
本校は仏教を教育する学校ではなく、指導の根本を仏教の精神に置いている学校です。これが生徒の穏やかさ、素直さを育て、いじめのない環境 をつくる上で役立っていると思います。確かに増上寺がつくった学校で増上寺でお説教をお聞きすることもあります。ですから、学校でも仏教教育ばかりであ れば、息苦しいばかりでしょう(笑)。これは学校の教育方針にも反します。
(中山)
他に誤解してほしくないことなどありませんか。
(助川先生)
そうですね。仏教との関係ではないと思うのですが「これからの国際化社会に対応して学校は何をするのですか」と聞かれることがよくあります。しかし、学校の根本的な方針を変えてまで国際化を進めるのはおかしい、ことだと思います。 本校でも国際化の一環として外国の学校との交流を進めていますが、国際化とは相互に異文化を受け入れること、つまり他人に目を向けることでしょう。その点で教育方針にも合致しています。本校の姿勢は将来も変わらな いはずです。

「進学指導だけでは芝らしくない」

(中山)
そのような方針に基づいてどのような指導をされているのですか。
(助川先生)
その話に入る前に、話しておかなくてはならないことがあります。 学校の価値は、生徒に対してどれだけのことができるかで決まると思います。それをハードの面とソフトの面の2つの面から考えています。
(中山)
では、ハード面とソフト面とは具体的にはどのようなものでしょうか。
(助川先生)
ハードの面は教育のための環境と設備です。昨年(平成10年)に 新校舎が完成し、今年(11年)の3月にはグランドなどの工事が完了します。 これで設備面の充実は終わります。 次はソフトの面ですが、これは具体的な指導をさしています。 本校はこれまで進学校として歩んできました。生徒もその保護者も大学進学を希望して入学してきます。当然のこととして「少なくとも早慶には入りたい」という考えを持ち、あわせて「芝の自由で明るい校風の中で学びたい」という気持ちの強い生徒が入学しています。そのため、進学指導だけでも、 または人格指導だけでも芝らしくないと考える生徒や保護者が多いし、私たち もそのように考えます。

「職員室に生徒がどんどんやってくる」

(中山)
どのような点が芝らしいとお考えでしょうか。
(助川先生)
まず、生活指導の面でよく話題にされる「いじめ」のことを例に考 えます。 説明会の席では「いじめもあります」とはっきりと話します。
(中山)
そのようなことを話されてよいのですか。
(助川先生)
隠すことでもないでしょう。 在校生の保護者からは「言い過ぎじゃないか」と言われることもありますが、私は本音で話します。「いろいろな環境で育ってきた人間が多数集まる社会に、いじめが存在しないはずがない」という 前提に立っているからです。 それが大きな問題にならないようにフォローしていくことが学校に求められていることだと思います。だから、指導側は絶対に「知らなかった」と言い逃れはできないはずです。教師が状況を観察し、生徒の訴えにきちんと耳を傾けていれば適切な対応ができたはずですから。
(中山)
ほんとうにそうですね。 でもなかなか難しいことです。
(助川先生)
本校では教師に相談に行くことができる状況をつくることが一番 だと考え、教師から働きかけて気軽に相談できるような体制づくりをしてきました。 カウンセラーも常駐しているのですが、生徒はまず教師に相談するようですね。このような状況をつくることができたことが「明るい生徒が多い、いじめのない」学校という評価を得ている原因のひとつだと思います。
(中山)
そのような状況は教科指導の面でも有効でしょうね。
(助川先生)
実際にご覧になればお分かりになるでしょうが、外部の方には「ど うして職員室に生徒が多数いるのですか?」と不思議に思われるほど、生徒が職員室にやってきます。また、夏休みなどの長い休みの際は、担当の教師の日直の日を調べてやってきては、朝から晩まで勉強していく生徒もいます。 まあ、教師もやることがないですから、ほとんど家庭教師ですね(笑)。生徒と教師が近い関係を持てることが芝の誇れる点でしょう。
(中山)
芝独自の指導として考えられるものがありますか。
(助川先生)
進学指導としてやることはすべて一覧表にして渡します。私がワープロで作成したものですが、各教科の特訓、理科の観察など盛りたくさんです。 これを見た保護者の方が、 「芝は自由な学校という評判があるのに、勉強勉強 と追いたてられるように思える」 とおしゃったのですが、自分の実力や状況を考えて自分で選ぶものです。 このような中からも「自治」の気持ちを育てていきた いと願っています。

「偏差値では将来の学力は計れない」

(中山)
模擬テストのデータを見ると、合格者に学力の差が大きいと感じるのですが、学習指導や進学指導の面では どのような取り組みをされていますか。
(助川先生)
保護者の方から「1回目に合格した生徒と2回目に合格した生徒とでクラスを分けないのですか」という質問を受けたことがあります。2回の入試での合格者を偏差値で比べると差があります。また、各回の合格者のレベルも差があります。 しかし、偏差値というのは尺度のひとつですが、学力を完全に反映 しているわけではありません。将来の学力の伸びとは直接には関係がないでしょう。ですから、中1から高1では1クラス40人の7クラス編成です。その後、志望に応じて分ければいいと考えます。生徒すべてに「本校の入学試験に合格したのだから資質は保証する」と話しています。
(中山)
教科指導の上で支障はないのですか。
(助川先生)
入学後の学力の伸びは意欲の問題です。ひとつ例をあげましょう。 千葉大に「飛び入学」をした生徒がいます。外部から見ると、とても優秀な生徒に思われるでしょう。確かに英語や物理はトップクラスの力を持っていますが、総合的に言えば理系で10番程度の学力です。彼は補欠の生徒でした。補欠の生徒でも「自分は補欠だからまずいと思いがんばった」という生徒は必ず伸びると思います。
(中山)
なるほど。よいお話しですね。 ところで、高2以降のクラスはどのよう になっているのですか。
(廣澤先生)
高2では文系、理系の希望で分かれます。その上で、成績に応じて 1コース、2コースと分けています。2つとも内容は同じですが扱う問題に少し差があります。高3では、文系、理系ともに1コースが国公立大学2コース が私立難関大学を志望する生徒になります。 さらに理系には3コースとして私立医・歯・薬学部を志望する生徒ためのコースも設けています。これは、本校の基本のカリキュラムの中で受験に不要な科目があった場合、これらの生徒のために その時間演習を増やすコースです。
(助川先生)
少し付け加えましょう。高2でのコースは成績順です。力のある生徒は自分でやれますが、力の足りない生徒は細かいところまで「手をかける」こ とが必要だと考えるからです。 2コースの方は人数をやや少なくし、教師の目が届きやすく、生徒も質問しやすいようにしています。高3では希望制なので、1コースから、早慶を狙って2コースへ移る生徒もかなり出てきますので、コース の人数はかなり違ってきます。また希望に対応するために本来の7クラスが実際は8クラスになることもあり、さらに少人数での指導になっています。 ただ、 理事会からは「なぜクラス数を増やすのか」と反対もありましたが(苦笑)。

「東大に合格できる生徒でも他の大学を選ぶ」

(中山)
受験校の指導についてはどのように行われるのでしょうか。
(助川先生)
「自分が将来何をやりたいのか、他にどのように貢献できるのかを 考えて受験をしなさい」 と指導しています。ただ、生徒の考えが優先なので、学校としては痛し痒しの面もあります。 例えば、平成10年には何人も東大理Ⅰ 確実の生徒が京大理学部を選んでしまいました。学校としては「東大を受験してくれれば合格者が10人になったのに」と思ったものですが(笑)。
(中山)
そうですね。 ただ以前よりも東大志向は弱まり、進学実績だけで学校の評価をしないで、中学高校6年間をどのように過ごさせてくれるか、で学校を評価する親御さんも増えてきています。よいことではないでしょうか。
(助川先生)
本校は伝統的にいわゆる「積めこみ教育」をしてきていません。 外に出かけて観察や採集などの授業を行い、そのレポートを提出させるなどの指導もしてきました。また人格教育も重視してきましたので、生徒からは高い満足を得ていると思います。

「入学してから伸びる生徒がほしい」

(中山)
平成11年の入試についてお聞かせください。
(石川先生)
第1回と第2回のレベルの差を縮めるために、今年から募集定員の配分を変更しました。 第1回を20名減らし、第2回を20名増やしました。結果として学校として考えたものに近い結果になり、合格点の差も、実質倍率の差も小さくなりました。 問題の作成については、今年は難しいと言われた算数を少しやさしくしました。また、最近理科も難しい問題を減らして作成しています。全体的に以前よりも基本的な問題が多くなっていると思います。
(中山)
それはどのような考えからでしょうか。
(石川先生)
芝に入学してから伸びてくれる生徒を求めているからです。小学校 時代から飛びぬけた力を持っている必要はないと考えています。 努力ができる、 学力が定着しやすい生徒、平均的な学力を持っている生徒に入学してほしいと思 います。ですから、力の差がきちんと得点差につながらない、難問や奇問をなく していこうとしています。

以上

学校風景1学校風景2学校風景3

☆付記☆校長をはじめスタッフに若さが溢れている。それが学校の明るさや自由な雰囲気を反映しているようだ。「本音で話す」、「入試についての意見を言ってほしい」など、こちらへの質問も多く出た。学校に対する自信と将来への意欲が溢れていた。
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