1999年4月6日(火)訪問:今回の訪問先は玉川学園中学部。玉川学園は町田市に広大な敷地を有し、幼稚園から大学までを抱える総合学園である。小原國芳氏の学園創立以来、70年の歴史を通じて「全人教育」を掲げ、学習体験を重視した独特の「労作」教育を展開し発展させ、その教育は高い評価を受けてきた。また、近年、他大学を受験しようという生徒も増えており、単純に「付属校」というイメージではとらえられなくなってきている。中学部長菊地勲先生にインタビューした。
ほくしん教務統括 中山秋子

「コスモスの花のように調和のとれた人間形成をめざす」

(中山)
玉川学園の創立者小原國芳先生の教育については、教育者を志すものは一度は必ず学ぶほど良く知られています。
小原先生の教育が中学部ではどのよう に生かされているのですか。
(菊地先生)
玉川学園は創立以来70年の歴史を数えますが、その間一貫して全人教育を掲げてきました。 学園の創立者である小原國芳は、コスモスの花にたとえて「真(学問)、善(道徳)、美(芸術)、聖(宗教)、健(身体)、富(生活)の6つが調和していることが人間形成の上で大切だ」と言っていました。農学部で開発した黄色いコスモスの花の種子が全国に広まったように、玉川学園の全人教育は全国的に広まり評価されていると思います。 中学部では子どもたちにもわかるように豊かな心、高い学力、逞しい体、強い意志を育てる、と言い換えて教育目標としています。
(中山)
その教育目標に基づいて、生徒をどのように指導していらっしゃるので すか。
(菊地先生)
まず、日々の生活の中で「夢を追求していこう」と言い続けていま す。 小原國芳は玉川学園を「夢の学校」と呼んで理想の学校を創り上げていきま した。 そんな学園の中で学ぶ子どもたちにも、「多くの夢を持ちその夢に向かって進んでいってほしい」という気持ちを表現するために、夢という字を1画増や して書いたものです。 我々もその気持ちを受け継いで教育を続けています。そん な夢を持ち実現できる機会として、自由研究、全校体育を授業の中に組み込んで います。

「自由研究や全校体育は夢を見つけ実現する機会となる」

(中山)
自由研究とはどのようなものでしょうか。
(菊地先生)
自由研究は創造性の教育としてもう70年も続けられています。 全員がテーマを決めてひとつのことがらに集中して継続して打ちこむ中で、創造性や真理を追究する姿勢、強い意志力を育ていくことにもくろみおいているものです 。 自由研究のテーマがその後、生きがいや仕事になる場合もあります。 私の娘も オーケストラでバイオリンに3年間かけて取り組んでいく中でそのようになりま した。子どもたちのエネルギーを呼び起こす場になるようです。
(中山)
クラブ活動とは異なる形態なのでしょうか?
(菊地先生)
ええ、クラブ活動などは任意に参加するものですが、自由研究は授業の一環ですから全員が参加します。
(中山)
なるほど。では、その他にも教育効果がいろいろありそうですね。
(菊地先生)
ひとつのことを3年間続けるわけですから、当然技術的に進歩します。また、縦割りの活動ですから上級生は下級生の面倒をみる中で経験を積んで精神的に成長できるでしょう。下級生も上級生を尊敬するようになりますね。
(中山)
生徒にとって貴重な体験になることでしょうね。 次に全校体育について もご説明いただけますか。
(菊地先生)
自由研究が主に文化面の活動になりますので、運動面では全校体育が重要なものです。 女子は12種目、男子は11種目のうち1つを選んで、全員が参加します。身体づくりと、体力づくりが主な目的ですが、教科としての体育とは別に行うものですから、クラブ活動的な色彩も強くなります。 また、身内の話 (笑)になりますが、息子もサッカーを続けて就職もサッカー部のある企業を選 びました。 クラブ活動ではないために、大学や高校のコーチに指導を受けてレベルの高い練習もできるので、生徒の可能性が最大限に発揮される場になります。 バスケットで東京都で3位になったのもそのためでしょう。
(中山)
自由研究と全校体育の両方に取り組むのは生徒にとって負担にならないのでしょうか。
(菊地先生)
両方に力を入れることは無理があるでしょう。 また、自分がどちらに力を入れたいかは生徒によって異なります。ですから、どちらに比重を置くかということは生徒自身の判断に任せてあります。

「やってみなければ何もわからない」

(中山)
自由研究や全校体育の中でされる活動をクラブ活動にされないのはなぜ でしょうか。
(菊地先生)
クラブ活動にすれば自由参加になります。早く下校してゲームセン ターかどこかで遊んでいるようでは困ります。中学生の頃にはバランス良く鍛えることが特に大切ですから、両方とも時間割の中に組みこんでいるわけです。 最初はイヤだと思うこともあるでしょうが、やってみて初めて素晴らしさがわかるものでしょう。食わず嫌いではわがままになるばかりです。 子どもたちをわがままに育てたくはありませんから、まず、やる機会を設けるわけです。
(中山)
「労作教育」に通じるところがあるようですね。 先ほど男子生徒に応対されたのですが、これも「労作教育」の一環でしょうか。
(菊地先生)
そうです。当番の子どもたちの仕事です。 自分たちの学校は自分たちで運営するということでいくつかの当番を設けています。当番になると授業に参加できないものもありますが、家庭からの不満はありません。授業以上のものを得られるからでしょう。
やってみなければ、仕事の大変さを感じたり、うまくやるための工夫をしたり、やり終えた後の満足感を知ったりすることもないわ けです。当番の仕事を果たす中で人生の上で大切な事柄を自然に身に付けること ができます。 小原が「百見は一労作に如かず」と言ったとおり、子どもたちは先生などとのふれあいの中でいろいろなことを身に付け成長していきます。 かつて は、「おやじ当番」と言って、1週間小原と過ごして秘書のような仕事をしまし た。その中には風呂場で背中を流すなどということもあり、学んだことも多かっ たと思います。
(中山)
最近は子どもに何もさせない家庭が増えて気になっています。 受験間近になって、電車やバスの乗り方さえも知らない子どもも目に付くようになりました。
(菊地先生)
親がすべてをやってしまうからでしょう。 最近、生活する上で必要なこ とを子どもに身に付けさせない親が増えているように思います。わがままな子どもが増えていますが、それはお金の大切さを教えないでお金を与えすぎたり、交換条件を出して何かをさせたりすることも原因でしょう。責任を持たせて何かひとつ仕事をやる経験があれば、わがままには育たないと思いますよ。

「先生と生徒の距離が近い」

(中山)
パンフレットにある「師弟同行」ということばも独特なものですが、ど のようなことでしょうか。
(菊地先生)
先生と生徒が力を合わせてホームルームづくりを行うことを指しています。各行事、たとえば美化労作での清掃や朝の集いでの歌など、先生も生徒も同じように参加をするのです。 その結果、先生と生徒との距離が近くなります。私でも生徒から「菊地っちゃん」と呼ばれるほどです。このような状況がいじめ の問題や不登校の問題などが少ない理由でしょう。
(中山)
生徒が先生に相談しやすいということですね。
(菊地先生)
そうです。 このようなことがありました。帰国生を受け入れていますが、彼らは住んでいた国の文化を身に付けて帰ってきますので、なかなかなじめないことがあります。
アメリカから帰国してきた中1の男の子が「僕は悪い子です。いじめっ子なんです」としょんぼりしながらやってきました。話を聞くと、 「自分を大切にするならば、アメリカでは言われたら言い返す、やられたらやり返すのが当たり前でしたが、日本ではそうではないらしく、相手が先生に言いつけに行きました。その後、先生に言い方を直した方がいいと言われてしまい ました。ボクはこの学校に居てはいけないのでしょうか」 ということでした。
(中山)
帰国生が多くなっているこの頃は、よく聞くお話しですね。 どのようにお応えになるのでしょうか?
(菊地先生)
文化の違いが原因だから心配しなくても大丈夫。もう少しすればみんなもわかる、と担任も交えて対応しました。この子のようにすぐに相談ができ るのは帰国子女の優れたところの1つでしょう。
(中山)
菊地先生は授業をお持ちのようですが、学部長という立場では珍しいこ とだと思いますが。
(菊地先生)
そのようですね。教師として子どもに接すると、子どもから学ぶことができます。教師も親も子どもから学ぶことで初めて教師や親になれるものだと思います。授業に出ることで生徒からたくさんのことを学びます。又、私が小原國芳から受けた「協育」を今度は生徒にお返しするつもりで授業に臨んでいま す。

「差がつきやすい教科の学力別授業は当たり前」

(中山)
教科指導の面での特色をお話しください。
(菊地先生)
「自ら学び取った知識は絶対に忘れない」という考えから自学を重視しています。個別学習では参考書・辞書などを活用して個人で学習内容を深めるようにしています。時間的にゆとりがある生徒は発展学習に取り組みます。 また、数学・英語では教科教室制を取り学力別の少人数制の授業を行い、特に下位の生徒は10人を単位で授業を行います。
(中山)
わからない内容を考えさせられるのは苦痛ですから、指導の上では効果的だと思いますが、不満の声はないのですか。
(菊地先生)
学力別の授業と言うと差別だと考える人もいますが、差がつきやすい教科で、ひとりひとりの学力を伸ばすためには必要なことです。 下位の生徒も恥ずかしがらずに苦手な教科に取り組んでいますし、家庭から理解もされています。また1年を5期に分けコースの入れ替えを行いますので、すぐに上位のコー スに上がる生徒や上がる学力があっても下位のコースを希望する生徒がいるなどいろいろです。
(中山)
学力別授業は進学校では学力を伸ばすシステムとして一般的ですが、これが他の大学への進学者が増えてきた理由でしょうか。
(菊地先生)
中学部から高等部では「大学教育に足る学力をつけること」が目標 となっています。
しかし大学とは玉川大学に限っているわけでありませんので、 自分の夢を実現するために必要ならば他の大学を選ぶのは当然でしょう。そのための学力をつけるのも当然のことです。

「ことばの力を重視して問題を作成する」

(中山)
入試についてお聞きします。国語では漢字、語句の問題が40問ほどあ りますが、この出題の意図についてお話しください。
(菊地先生)
ことばの力を重視しています。特に文章を読み、内容を理解するために必要なことばの力を大切にしていますので、それを身につけている生徒に入学してほしいと思っています。 最近、ことばの力が不足しているように感じますので、努力をして身に付けてほしいものです。もちろん、入学後もたくさんの本を読んでもらい読解力を身につけてもらいます。3年間で最高100冊読む生徒もいます。算数でも文章を読んで考える問題を多くしているのは同じ理由からです。
(中山)
よくわかります。 それではあらためまして玉川学園を受験する生徒にアドバイスがありましたらお願いします。
(菊地先生)
過去問をよく研究してください。問題の傾向は一定しています。すべて5、6年生で勉強した内容から出していますが、やさしい問題ではありません。ただ、奇抜な問題はありませんから、しっかり勉強すれば必ず得点できるよ うになっています。 合格して玉川学園で夢を実現したいと思って勉強を続けてく ださい。

以上

学校風景1学校風景2学校風景3

☆付記☆菊地先生は創立者小原先生の教育理念を現在の中学部の教育の中で実践されている。小原先生への尊敬と玉川学園の教育への自負が話の中から強く感じられた。玉川学園を卒業したお子さんの話しが屈託なく出てくるところにも、学園への深い愛情が感じられた。車で正門まで送ってくださった入試担当の金子先生など学園のスタッフにも共通の思いが伺えた。
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