1999年10月26日(火)訪問:隣接地には一橋大学、都立国立高などがある国立市の文教地区の一角を占める。多摩地区では最難関の男子校で、併設の桐朋高校は東大など難関大学への高い合格率を誇る進学校である。難関進学校としては珍しく併設小学校(桐朋学園小、桐朋小の2つ)を持ち、桐朋女子中学・高校とあわせて小・中・高と続く独特の教育体制をとっている。長らく2教科入試を行ってきたが、97年から難関大学に強いとされる4教科入試に移行した。学力の高い受験生や保護者の間で高い人気を持ち、「私立御三家」に次ぐハイレベルの受験生が集まる。恵まれた自然環境の中、教師と生徒とが密接に関わり合う教育が展開されている。学校長山下明先生、中学部長榎本孝康先生にインタビューした。
ほくしん教務統括 中山秋子

「学年、クラスが生活の場になる」

(中山)
桐朋の教育には、生徒と生徒、先生と生徒のつながりが強いという印象 があるのですが。
どのようにしてそのつながりを生み出しているのでしょうか。
(山下先生)
「お互いを認め合いながら自分を伸ばしていく」
というのが基本の方針です。 入学時からいろいろな取り組みをします。入学したての生徒が直面するのが「新しい環境でうまくやっていけるだろうか」という不安です。
それを取 り払うことから始まります。桐朋では否応なく仲良くなれるようにしていきます。 桐朋の名物とも言える、入学後の最初の行事は「校内オリエンテーリング」です。 グループを組んで、与えられたマップと問題に従って、校内を回ってくるんです。一人の考えだけではとても無理ですから相談しなければなりません。その過程で生徒同士が自然に仲良くやれるようになります。
(中山)
グループ分けには何か工夫があるのでしょうね。
(山下先生)
そうです。桐朋の場合、国立と仙川の2つの小学校から上がってくる生徒もいます。その生徒と受験をして中学で入ってきた生徒とのバランスがとれるように担任が配慮してグループを作っています。
(中山)
どんな課題が出されるのでしょうか。
(山下先生)
それはそれはいろいろな工夫がされています。校長室にもやってき ます。
(中山)
楽しそうですね。そのときの生徒の様子をお聞かせください。
(山下先生)
この生徒たちは(机の上から写真を取ってきて示し)以前、校長室を訪れたグループです。 校長室の前で話をしている声がするので、ドアを開けて 「よろしかったら寄っていきませんか」 と話しかけを私はしました。すると 「せっかくですが、先を急ぎますので、またの機会にいたします」 (笑)などと、なかなか面白い返答をするグループもいました。 また、別のグループは 「先生、お願いがあります。この問いの答えを教えてください」 と言って入ってきました。 オリエンテーリングの途中で答えなくてならない問題があるんです。すぐに教えるわけにはいかないので「これで調べなさい」(笑)と広辞苑を渡して調べさせました。5、6分過ごした後でここを出て行きました。
(中山)
生徒は楽しみながら学校生活になじんでいくんですね。
(山下先生)
このグループを「生活班」と言うんですが、日常生活の基本単位です。 この班がうまくいくかは、生徒をギスギスした狭い空間だけで縛ら ないで、ゆったりと過ごさせることがポイントです。冗談や寄り道が受け入れら れるような場所を作り上げていくんです。
(中山)
その他の取り組みも紹介してください。
(山下先生)
中3が修学旅行にでかけている間、他の学年はクラス全体で1泊旅行を楽しんで来る「クラス の日」という行事もあります。生徒と担任で相談して企画を練るのですが、あるクラスは山梨の公営宿舎で、いまどき1泊380円(笑)、とい う格安の宿泊所を見つけてきました。 どのクラスも飯盒炊爨をしたりナイトハイ クをしたりと、いろいろ盛りだくさんの企画で楽しんできます。このように、ほとんどの行事がこじんまりとクラス単位、つまり生徒、担任とその他に一人の先生で運営されていくことになります。 その中で生徒にとって「いつでも戻ってい ける生活の場」ができていきます。
(中山)
生徒にとっての生活の場が、生き生きしていくでしょうね。
(山下先生)
そうなのです。それがまた教師の活力にもなっていきます。
(中山)
クラブ活動も盛んだと伺いましたが。
(山下先生)
はい。盛んです。クラスでの活動や勉強とは違った、活躍の場にク ラブはなります。
趣味や嗜好が一緒の集団の中で、中学の3年間あるいはそれ以上の期間を過ごすことができるので、別の人間関係も生まれます。 加入率は中1で 100%以上、2つ以上のクラブに入っている生徒もいます。 中2では90%以上、中3でも80%以上になります。 クラブに所属しながら、ゆったりとした充実した生活を送っていると思います。
このような取り組みを通じて、学校の中で自分のポジションを見つけることができていると言えるでしょう。

「教師も生徒と一緒に楽しむ」

(中山)
クラスでの活動が多いようですが、先生方はどのように指導にあたられているのでしょうか。
(山下先生)
桐朋では学年単位で指導が進められていきます。 先ほども述べましたが、クラスの面倒をみる教師が担任ともう一人います。その担当全員が学年主任を中心に「学年会」を持ち情報交換を行いながら、いろいろと取り組んでいき ます。
(中山)
それは独特のシステムですね。
(山下先生)
そうですね。
桐朋は自由な校風を持っていると言われますが、それを支えているのは教師の自由です。 教師自身が自分の情熱をかけていなければ、自由だとか創意だとかは生まれてこないものです。 学年あるいはクラスに指導が任されています。 教師ひとりひとりが担当する生徒全員と向かい合っている学校ですから、教育の自由、教師の情熱が重要な意味を持ってきたんです。
(榎本先生)
私がこの学校に新米教師として赴任してきたときに、 「何も教えてくれない職場だなあ」 と思いました。 「おまえの好きなようにやれ」 と言われるわけです。不安もありましたが、次第に 「素晴らしい学校に職を得られて良かっ た」 と思うようになりました。もちろん、何も教えてくれないと言うのは誤解で(笑)、先輩の姿から多くのことを学びました。教えるのではなく示してくれるわけです。その上で、自分なりの創意・工夫でやりたいようにやれるわけです。教員の自由が認められていることが生徒の自由の源になっているんです。
(中山)
伝統は守られ続けられているわけですね。
(山下先生)
そうです。永年勤めた教師によって、新しく生み出された行事なども次の教師へと伝えられていきます。先ほどの「クラスの日」も長く続いています。
(中山)
どのくらいでしょうか。
(榎本先生)
1970年頃からです。 もう30年近い歴史があると思いますね。
(中山)
子どもたちも変わっていくのでしょうが、生徒たちが、長くしかも楽しく取り組める行事であり続けるのは大変なことですね。
(榎本先生)
桐朋には生徒の自主性を育てたいという方針があります。 ですから、 行事もできるだけ生徒中心に進めるようにしています。場合によっては 外部とのいろいろな交渉までも生徒にさせています。生徒の中から新しいアイデ アが生まれてくる場合もあります。そのような活動を通じて自主性を身につけ自分自身を育てていくんです。
(山下先生)
おもしろい話があります。裏磐梯の林間学校に出かけた際の演芸会で、中2がフラメンコを踊ったんですよ(笑)。 わざわざ制服のワイシャツ・黒ズボンを衣装として準備してやってきたんですよ。教師のひとりが学生時代にフ ラメンコが大好きで踊っていたもので、「フラメンコをやろう」と学年から有志を募り出発間際まで特訓していました。彼ら「フラメンコ隊」は現在高2ですが、今年の桐朋祭でも踊りました。たくさんの観客の拍手がありました。
これがそのフラメンコ隊の裏磐梯での踊りの様子です。(写真を示す)
(中山)
まあ、本格的なポーズですね。素晴らしいですね。自由な雰囲気に溢れていますね。
(山下先生)
迫力がありますよ。若い力がいっぱいですから。
(中山)
最近は公立の学校も自由な雰囲気づくりをしているようですが、保護者の方々から時々、自由というより無秩序というように感じる、と心配の声を聞く ことがあります。 自由な雰囲気を生み、育てる先生方のご苦労もたいへんなのも のでしょうね。
(山下先生)
桐朋でそれが可能なのは、教師も生徒と一緒に楽しんでいくというのが基本にあるからでしょう。教師にとって生徒が成長していく過程に関わっていけるというのが醍醐味です。 生徒はみんな未知のものを持っていますから、それを引き出していけるのが喜びなんです。
(中山)
具体的にはどう言うことでしょう。
(山下先生)
それがはっきりわかるのが6月に行われる桐朋祭でしょう。生徒たちが[桐朋祭実行委員会]をつくって、企画から宣伝まで全員参加を呼びかけて行います。 前年の9月ごろから半年以上かけて取り組みます。 それとは別に教師による 「桐朋祭委員会」が動き出します。 そこで6月本番に向けての企画を出して盛り上げていくわけです。 担任は自分のクラスの企画を持ちこんで全体の中で行事として盛り上げる努力をします。 生徒が自主的にやっていくだけでは無理でしょう。背後にそれを支える教師がいて、初めて生徒が自主的にやることができます。ですから教師の中には桐朋祭委員会を設けて、生徒よりも前から準備を始めています。 大変は大変ですが、教師にとっても一緒に作り上げている喜びがあるのです。

「好きにやりなさいでは教育ではない」

(中山)
生徒の背後で先生方の努力があるのですね。
(山下先生)
そうです。教師の存在は大切なものです。最近はとても早い時期から「お好きになさい」と生徒に言うようですが、これは現在の教育における非常にまずい点だと思います。
(中山)
その点についてはぜひ意見を伺いたいと思いますが。
(山下先生)
最初からたくさんの選択肢が用意されて自由に選びなさいという形ですが、本当の選択能力を身に付けていないうちでは意味のないことでしょう。 確かに生徒の受容能力という点から、指導内容をスリム化するのは仕方がないことかもしれません。 しかし、「ごっこ遊び」のように自己満足的にやらせていくのは教育ではないと思います。
現在は小学校・中学校・高等学校と年齢を考えずにみな同じような姿勢で教育をする傾向がありますが、いろいろなことがらを発達段階に応じてきっちり身につけさせることが、本当の教育だろうと思います。
(中山)
桐朋ではどのように取り組んでいらっしゃいますか。
(山下先生)
そうですね。まず、自由ということでも、中学での自由と高校での自由とは次元が違います。 自由には必ず責任が伴います。自分の自由と他人の自由の兼ね合いについて、それぞれの段階で体験させながら考えさせています。 桐朋は「自由な学校」と言われますが、実際は自由と責任の関係を生き方として身につける学校というのが正しいでしょう。 そのような生徒の自立の過程に教師が積極的に関わっていきます。
(中山)
これまでのお話から考えると、先生方が素晴らしい力をお持ちだという ことが分かります。
どのような方法で先生の採用がなされるのですか。
(山下先生)
最終的には私のところで決まりますが、基本的には教科の意見が最大限に反映されます。 「こういう分野に秀でた人がほしいんだ」という希望をも とに公募を行います。
専門外の教科の教師まで校長がひとりで選ぶことはできません。 教師の中に「自分たちの仲間を選んでいる」という意識が強くあり、自然 と年齢的にもバランスがとれた教師集団となっていきます。 希望を無視して他から招くなどということではこうはいきません。
(榎本先生)
そのようなことをすれば違った学校になってしまうだろうと思いますね。
(山下先生)
教科の意見を基本に公募をすると教科内でバリエーションができるんです。 例えば、美術の4人の教師はそれぞれ絵画、写真・デザイン、彫塑、工芸関係の専門になっています。本校生の志望大学には東大もいれば芸大もいますので、そのような生徒の希望にも応えていけるようになっています。

「問題を通して対話をしたい」

(中山)
進路指導、進学指導についてお聞かせください。
(榎本先生)
これといって特別なことはやっていません。 平常授業の充実ということで、普段の授業を大事にしています。授業をとおして基礎力を養成することを大切にしています。
進路指導でも中学では大学受験を意識したことはやりません。 しかし、高校では生徒も大学を意識し始めますので、自分の進路を考えること、受験に対応できる学力をつけることを目標に進めています。
(中山)
具体的にはどのようなことがありますか。
(榎本先生)
高1で夏休みの課題として「私の将来」というテーマで文章を書かせ、1冊にまとめてお互いに読み合います。また、「在卒懇」と言って、高1では社会に出て活躍している卒業生、高2では大学に在職している卒業生を招き、生徒の希望に応じたグループで先輩の話を聞き懇談する機会を設けています。
(山下先生)
各分野の最先端で苦労しながら活躍している卒業生の話は、生徒に刺激を与えます。 教師ではどうしても時流に遅れてしまいがちですから(笑)。 これからの社会では自分の考えを持って行動できる人間が必要でしょう。「主体」の確立の手助けをしていきたいと思っています。
(中山)
次に入試についてお聞きします。 97年から4教科入試に移行されて入学 してくる生徒に変化は見られましたか。
(山下先生)
学力のバランスがとれた生徒が入ってくるようになりました。 2教科の頃もおもしろいタイプの生徒がいたのですが、どうしても算数を中心に鍛えられた生徒が 多かったように思います。 飛びぬけて算数の力が高いということはそれはそれで素晴らしいことですが。
(中山)
4教科入試の良い点は何でしょうか。
(山下先生)
最近、小学校では理社は分散して学習するようになってきました。 入試を通じて総合的に勉強していくことは、興味や関心が広がり、自分の知らない世界、環境、生活などを知ることができます。他人を理解する上でも大切なことになるでしょう。
(中山)
入試問題の作成の意図、受験生へのアドバイスをお話ください。
(榎本先生)
まず、過去に出された問題をよく研究してください。 ただ単に物を知っているだけではなく、それをもとに自分で考えられる力、表現できる力を持った生徒に入ってきてほしいと思っています。 これは各教科に共通した考えです。
(山下先生)
もう作問には携わっていませんが、国語の文章としては心を打つも の、何か「いいなぁ」と思えるものを選びたいと思っています。
(榎本先生)
そういう文章は探すのが難しいんですが(笑)、時間をかけて選んでい ます。 仮に受験はうまくいかなくても、「あの問題文は良い文章だったな」と思えるものを選びたいと考えています。
(山下先生)
自分が作った問題を通して受験生と対話をしたいと考えています。 それが教師根性でしょうね(笑)。

以上

学校風景1学校風景2学校風景3

☆付記☆山下校長は堂々とした態度でやわらかな調子で熱く語る。豊かな感性が選ばれた言葉の隅々に感じられ、生徒たちと共に過ごす中で研鑚された教師魂が窺えた。また、最近の学校教育の抱える問題点を指摘される様子に、桐朋の教育に対する自負が感じられた。榎本中学部長の穏やかで丁寧な語り口からも、生徒をせかさずゆったりと伸ばしていくのびやかな教育が作られていると感じた。
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