2002年4月9日(火)訪問:桐光学園は川崎市麻生区栗木の丘陵にある。周辺は住宅地として開発が進みつつあるが、豊かな自然も残されている。習熟度別授業、数多くの補習や演習など、充実した進学指導の体制を整えてきた。その努力が実を結び進学校として高い評価を得るようになった。また、2科4科選択の入試方法の広まりはこの学校での成功が原因である。新しい試みにも積極的にチャレンジする学校としても知られる。学校長小森照文先生、広報室長平良一先生にインタビューした。
ほくしん教務統括 中山秋子

「嘘をつかず取り繕わない姿勢が学校に対する信頼につながった」

(中山)
前回のインタビューの翌年(1999年)に校長に就任されました。 現在まで校長として校務に携わってこられて、嬉しかったことやたいへんだったことなど、強く印象に残ったことは何でしょうか。
(小森先生)
いろいろなありました(笑)。良い方では昨年(2001年)の野球部の春の甲子園初出場を挙げましょう。甲子園で校歌を聞くこともできました。
(中山)
サッカーの桐光学園という印象も強かったのですが、野球も強い学校ということが広まり、勉強にもスポーツにも力を入れていることが示されました。
(小森先生)
そうですね。 それだけではなくて、甲子園へ出かけスタンドで応援するという経験は、教員が授業で10年もコツコツやってきたことがわずか数日でできたような気持ちにするものでした。
(中山)
それはどのようなことでしょうか。
(小森先生)
生徒が主体的に行動できる場を与えることができました。以前に中村俊輔(注:サッカー日本代表)がいたときに国立競技場に応援に出かけた際(注:全国高校サッカー選手権決勝戦、桐光は惜しくも準優勝)にも感じたことです。 今回は見事な応援だったとのおまけも頂戴して(笑)表彰されました。
(中山)
それは良かったですね。
(小森先生)
生徒が主体的に参加できるものを学校が数多く設けることが大切だと感じました。そのひとつとして、これまでクラブ活動を重視してきた成果の表れだと思っています。 今後もそのような機会をぜひ持ちたいものです。
(中山)
他にはいかがでしょう。
(小森先生)
やはり最初の年の教員の不祥事と生徒の放火による火事の件ですね…。 学校としては百年に一度あるかないかの出来事が立て続けに2度も起こったわけですから、強烈な印象として残っています。特に火事の件は桐光の教育のあり方について見直しを迫られたいう点でもショックが大きいものでした。
(中山)
やはりそうでしたか。その当時は、私たちも「桐光学園がどのようにして乗り切られるのか」には大きな関心を持って状況の推移を見ていました。
(小森先生)
学校としては「絶対に嘘をつかない」という姿勢を堅持しました。それから、情報を統一して、保護者や生徒からの質問にも、マスコミの取材にも、校長と教頭の2人できちんと対応しようと努めました。結局、そのことが生徒や保護者からの信頼を得ることに繋がったと思います。
(中山)
こちらにも保護者からの問い合わせがありました。学校の姿勢はよくわかりましたから、「落ち着いて様子を見ましょう」という話をしました。
(小森先生)
校長と教頭の2人だけからきちんとした情報を提供する形にしたのは、憶測や不確かな情報で保護者や生徒が動揺することを防ぐことが目的です。生徒と保護者に対して、学校としての責任を全うすることが大切です。事実を隠して取り繕っていてはいけないと決めていました。
(中山)
迅速な対応と取り繕わないという姿勢で、結果として信頼を増すことができたようです。その翌年の入試では前年に比べて一気に志願者数が伸びました。
(小森先生)
受験する側にとって、特に親御さんとっては一度決めた学校を変えることができないという事情もあったのでしょうが、入試が終わった時には本当に「良かった」としみじみ思いました。
(中山)
でも情報を統一することだけでも、とても難しいことだったのではないかと思います。
(小森先生)
本当に難しかったですよ。私学であったからできたことだと言えるでしょう。 教職員みんなに学校に対する強い誇りと愛着がありますから、共通の危機感を持って行動できました。
(中山)
やはり不眠不休に近い状態で対応されたのでしょう。
(小森先生)
火事があったのは12月29日です。その後の数日間のことはほとんど覚えていないですね。 校長、教頭は無論のこと、他の教員もそうだったでしょう。
(平先生)
他の教職員もそうだったという話ですが、もともと大学入試や生徒募集を控えて毎年大変な時期に当たります。だからわれわれ教師も「生徒が落ち着いて新学期を迎えるためには当たり前のことだ」と思って取り組んでいました。
(中山)
その当時を振り返ってお感じなることはありませんか。
(小森先生)
この学校に関係している人たちの協力がなければ乗り切れませんでした。感謝しています。 1月9日の学期の始まりまでに煤払いの作業をしなくてはならなかったのですが、改修工事をしてくれていた鹿島建設と職人さんたちが年末と正月明けを使って大急ぎでやってくれました。お陰で支障なく学期を迎えることができました。信頼してくれた生徒や保護者にも感謝しています。

「言語で自分の考えを伝えられない生徒が増えている」

(中山)
保護者や生徒はどのように感じていたのでしょうか。
(小森先生)
相当な不安があったと思います。そのような時に、塾の後輩に「桐光は今までと同じでだいじょうぶだよ」と伝えてくれた生徒が何人かいました。これは後で聞いて驚きました。 また、父母会の緊急役員会が開かれて「先生方こそ被害者だから全面的に応援しよう。補填のためにお金を集めよう」という話にまでなりました。もちろんお断りをしたのですが、その気持ちは実に嬉しかったものです。
(中山)
長い間かかけて培われた信頼感によるものでしょうね。
(小森先生)
生徒や保護者に対する姿勢が間違っていなかったということが、その時には実感できました。
(中山)
再発防止という言葉は悪いかもしれませんが、学校としてどのような取り組みをされたのでしょうか。
(小森先生)
教員の不祥事の件では、個人の資質に関わる問題もあるので、学校が関与できない部分が多くあります。学校としてできることはすべてやろうと、綱紀粛正のために職員会を開いて討議を繰り返し、さらに専門家を招いて教員のありかたをレクチャーしてもらいました。
(中山)
よりショックが大きかったという火事の件ではいかがでしょう。
(小森先生)
それまで「生徒に密着して、生徒を大事にする学校だ」、「面倒見のよい学校だ」という自負がありました。学校全体で自分たちの行ってきたことを検証して、問題点は早急に変えていかねばならないと考えました。生徒の心のひだにまで入り込んで対応していきたいと考えました。
(中山)
具体的な対応策としてはどのようなことがありますか。
(小森先生)
教員同士でクラス運営についての研究をしました。担任とはちがう立場で生徒に接することができるカウンセラーを迎えました。さらに学校行事に主体的に参加する中で、生徒が学校に対する愛着を持てる機会を増やそうと努めました。先ほどの甲子園での生徒の様子がことに嬉しく思えたのはこのためです。
(中山)
カウンセラーを置いたことで何か変化はありましたか。
(小森先生)
相談が予想以上に多いことに驚かされました。担任だけでは対応できない内容も多いのでカウンセラーを置いて良かったと思います。 一層の充実を図るために今年度(2002年度)からは男女各1名のカウンセラーに来てもらいます。1週間を前半、後半と2つに分け水曜日には情報交換も兼ねて2人で対応できるようにしています。
(中山)
生徒の状況という点でさらに話を進めさせていただきます。指導をされてきて最近の生徒の特徴としてお感じになることはありませんか。
(小森先生)
直截的な言い方ですが、ある意味では暴力的になっているとも言えるかもしれません。言葉が稚拙になってきたことにも関係があるのでしょう。言葉で表現できないものを身体で表現しがちです。自分の気持ちが通じないとすぐに手を出すというたぐいのことが目立つようになりました。気になる傾向ですね。
(中山)
どのようなことが原因だとお考えでしょうか。
(小森先生)
小学校時代には同じような環境で過ごしていますから、言葉で表現しなくても相互にわかり合える部分があります。しかし、私学ではいろいろな学校から来ます。いちいち言葉で表現しなくては通じない場合もあります。それをなかなか類推できないのでしょう。
(中山)
さまざまな環境で生活してきた人間と交流することはとても大切な経験だと思います。成長していく上では絶対に必要なことだと思いますが、それにうまく順応できないのでしょうか。
(小森先生)
そう思います。それを放置しておくといじめなどにもつながりかねません。学校生活の始まりが肝腎なので、中1の初めには担任を中心に「人には手を出すな」「人のものを勝手に使うな」などと、しっかり教えます。
(中山)
そのような基本的なことから始めないとうまくいかないのですね。
(小森先生)
基本的なところから始めることが重要です。ちょっとひどい場合には、私からも注意を与えることがあります。中1できちんとできればその後の6年間は安心です。
(中山)
最初が肝腎なのですね。先生たちが中1生に対してそのような努力をなさることは受験生を抱える親御さんにも知っておいてほしいことです。その他に気がかりなことはありませんか。
(小森先生)
あります。入学式前のオリエンテーションで何人も倒れることです。気分が悪くなってしゃがみこんでしまうことがとても多くなりました。わずか10分の話の間も耐えられないのは気がかりです。
(中山)
この点については保護者に対しても何か一言おありだと思いますが。
(小森先生)
夏休み明けの9月の初めにも多いので、学校の生活に慣れていないことが大きな原因だろうと思います。体力をつけることと、生活の中でもう少し我慢する経験を積ませてほしいと願っています。また、休みの間も学校に通っている時期と同じような生活リズムで過ごせるようにしてほしいと思います。

「先進性がなくては学校の存在価値がない」

(中山)
小森先生は生徒に話される機会は多いのですか。
(小森先生)
校長としてはわりと多いのではないでしょうか。 平均すると週に1回はどこかのクラスには話しています。
(中山)
授業はお持ちなのですか。
(小森先生)
残念ながら授業は持っていません。生徒はみんな「校長室で居眠りをしているくらいに思っているかもしれないが、実は忙しいんだ」(笑)と話したことがあるくらいです。
(平先生)
土曜講習の囲碁講座がありますよ(笑)。
(中山)
それは何でしょうか。
(小森先生)
昨年から土曜講習というものを始めました。学年の枠を外して教科の学習を含みながらより広い範囲でユニークな講習を行うものです。 のせられてやることになってしまいました(笑)。囲碁講座は古文や漢文にも関係する内容も入れて3人で担当します。
(中山)
とても面白い講習ですね。その他には何かありますか。
(小森先生)
「杖道」というのがあります。剣道を教える教員が創ったものですが、中学と高校とであわせて52人も女子が参加しているので、こちらがびっくりしました(笑)。
(中山)
最近は女子の方が活発ですから(笑)。 土曜講習の実施に関してもいろいろなご苦労があったのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
(小森先生)
土曜講習の実施も生徒が主体的に参加できる場を増やすという目的で始めたものです。 が、授業日数が1日減るわけでその補いが問題でした。 実際の授業時間数には変わりがないのですが、保護者からの「授業日数が減った分をどうするのだろうか」という不安に応える必要があります。 また、教員は週6日間の授業が5日間になるため1日あたりの負担が増すことになります。 その解消も必要です。
(中山)
授業をする先生方は負担が増えて大変でしょう。
(小森先生)
専任の教員を増やして対応しています。昨年でも専任の割合は90%を超えていたのでやりやすい面はありました。でも現場の教員は大変でしょうね。
(中山)
週1回の研究日はあるのですか。
(平先生)
休みはありません(笑)。
授業以外にも中学の教員は毎朝の10分間テストの作成と採点、高校の教員は放課後の講習、土曜講習が加わります。だから大変ですね(笑)。でも生徒のためになるという感触を得ることができると嬉しいものです。
(中山)
「やりがいがあればできる」ということでしょうか。
(平先生)
そうでしょう。土曜講習は従来から行っていた放課後の講習をさらに発展させたものです。 他の学校にはないものをいろいろとやってきましたが、これもそのひとつです。
「先進性がなくては、この学校は終わりだ」というくらいの思いがあります。 だから教員は文句を言いながら(笑)でもやっています。
(中山)
小森先生も心強いですね。
(小森先生)
それはそうなのですが、すいぶん文句は言われていますよ(笑)。
(中山)
文句を言いやすい存在なのでしょう。
(平先生)
校長がもともとは同僚の教員であったことが大きいですね。たまに言い過ぎて、「給料が引かれるかな」(笑)と思うこともありますが、「言える立場の人間が言わなくてはならない」と思って言っています(笑)。
(中山)
よく言われることは何でしょう。
(小森先生)
話が長いことでしょう(笑)。「校長、今日の話はちょっと長かったですね」などと遠慮なく(笑)言われます。
(平先生)
どの学校でも校長の話は長いものと相場が決まっています。たとえ良い話をされても、少しでも長ければ生徒は「長かった」という印象しか持ちません。 最近の話は短くて良いですね(笑)。

「入試問題を変えなくてはならない時期に来ている」

(中山)
今年から小学校からの内部進学の生徒が中学校に入りました。どのようなクラス編成になるのですか。
(小森先生)
各クラスに5、6人ずつ加わります。その子たちがリーダーシップをもってクラスをまとめていってくれると期待しています。また、そうならなくては小学校を作った意味がありません。
(中山)
確かに小学校で6年間過ごしてきたことは大きいと思います。きっと期待通りになると思います。
(小森先生)
今度の中1は中村俊輔たちの応援に国立競技場に出かけた経験もあります。 いろいろな意味で桐光の教育を体験していますから期待も大きいですね。
(中山)
今年度から新指導要領が採用され授業内容が大きく変わります。入試にも影響があると思います。
(小森先生)
現在、検討中の部分もありますが、当面は入試の基本方針は変えません。
(中山)
中学と高校の両方で募集をされている学校では、特に公立中学間の学力格差を気にしています。そこで、高校での募集を減らしたり廃止したりして、中学入試の募集を増やすことも検討しているようです。
(小森先生)
確かにそのような対応をされる学校もあるでしょう。この辺りの私学で高校から100名以上を募集する学校は少ないので、急に変更すれば本校を目標とする中学生に大きな迷惑をかけることになります。
(中山)
高校入試の影響で中学入試に変更があることはないのですね。
(小森先生)
そうです。今年から併設の小学校からの内部進学生を考えて、募集定員の配分を変えたばかりです。続けて変更することは考えていません。
(中山)
入試の回数はいかがでしょうか。レベルが上がった学校では回数を減らすという考えもあるようです。
(平先生)
受験チャンスを増やすという意味で回数を4回に設定しています。この方針は変わらないので、入試の回数もしばらく変わらないと思います。
(中山)
わかりました。次に入試問題について伺います。 4回の入試とも同じ形式で統一性があって受験する側が対策を立てやすいメリットがあります。変えられる予定はありませんか。。
(小森先生)
長い間、同じ形式の問題を出し続けてきましたから、正直なところ変えたいと思っています。
(中山)
現在の受験生の学力レベルは高いので、記述量を増やすなどの変更をしてほしいという希望があります。
(小森先生)
いきなり「変えますよ」と発表したら受験生に迷惑をかけることになります。 慎重に準備を進める必要があります。しかし、思い切って変えていかなくてはならない時期にはなったと思っています。
(中山)
入試に関すること以外でお考えのことがありましたらお話ください。
(小森先生)
いろいろな大学の教授を招いて土曜講座でレクチャーをしてもらえると良いなと思っています。講大学の教養課程レベルの内容を学ばなくては満足できない生徒もいるでしょうから。また、進路指導の一環としても専門家に説明をしてもらえるような場を作りたいと思っています。
(中山)
付属校ではいろいろな形で行われています。
(小森先生)
その点では付属校がうらやましいと思います。付属校の良いところでしょう。 付属校になるわけではありませんが、大学との係わり合いは持っていきたいと思います。
(中山)
最後に受験生と保護者にメッセージをお願いします。
(小森先生)
入学して伸びる子になるには「学校を好きになること」が大事です。 桐光学園を見て「この学校に行ってみたいな」「面白いことをやっているな」というお子さんに来てほしいと思います。 そして、お子さんに桐光学園を中心にした生活のリズムを作ることができるように保護者の方にはお力添えを願います。

以上

学校風景1学校風景2学校風景3

☆付記☆小森校長は創立時から現場に立ち、校長に就任後も試練とも言える出来事を克服した。4年ぶりの再会でさらなる熱意と強靭な精神力を感じた。試練を通じて学校は一層まとまり、目標に向かって進む教師集団ができあがった。そのことが余裕と自信につながっている。支えるスタッフの力量も高く一層のレベルアップの可能性を感じた。
桐光URL